第13話(裏) 『位相揃い ― 世界は“呼びかける”』
――刃向 蓮 視点
檻の床だった白い光が、
足元からゆっくりと溶けていった。
固体でも液体でもない。
ただ、“役目を終えた場所”が静かに崩れている。
少女が小さく息を呑む。
『……蓮くん……
ここ……なくなっちゃう……』
「なくなるんじゃねぇよ。」
蓮は少女の手を握り返す。
「“返ってる”だけだ。
本来あった場所に。」
少女は胸に手を当てる。
『わたしの中が……軽い……
何かが……抜けていく……』
蓮はその言葉の意味を即座に理解する。
(……檻の“心臓”だった負荷が消えていってる)
つまり、少女が担っていた役割が
いま完全に分離され、世界へ戻っていっている。
そして――
それに伴って少女自身の“存在位相”が大きく変化していく。
蓮は少女の肩を支えた。
「怖くないか?」
少女は微笑む。
『蓮くんがいるから……
平気……』
胸が少し痛くなる。
(……守らねぇと)
蓮はそう強く思った。
空間が大きく揺れた。
白い壁のような光が裂け、
奥に霧の世界が浮かび上がる。
蓮は息を飲む。
「……灰境州だ。」
少女もその光景を見て、驚きの声を上げる。
『……外……
向こうに……だれかいる……!!』
蓮には分かる。
(朔夜だ)
(あいつの光が……
こっちにまで届いてる……!)
胸の奥が熱くなる。
だが、その熱はすぐに別の“震え”に変わった。
――世界の声だ。
直接的な言語ではない。
耳ではなく、骨でもなく、“存在そのもの”に響く声。
少女が頭を押さえて震える。
『……きこえる……
世界が……何か言ってる……』
調停官が青ざめた顔で叫んだ。
「聞いてはいけません!!
世界意思は、位相変質中の存在にとって毒です!!
あなたたちは今……
世界意思に“読まれやすい”状態にある!!」
だがその警告は遅かった。
光が二人に降りてきた。
少女が叫ぶ。
『……あっ……!
蓮くん……!』
蓮の胸に激痛が走る。
まるで心臓を直接掴まれるような、
いや、存在の形そのものを変えられるような痛み。
(ちっ……!
これが“世界そのものの干渉”……!)
蓮は歯を食いしばる。
世界が蓮を読み取り、
位置を確定しようとしている。
少女も胸を押さえて苦しむ。
『いや……
これ……わたし……
もともと……世界の……』
蓮は少女の口を押さえた。
「言うな!!
言葉にしたら、それが確定する!!」
少女の身体が金色の光に包まれる。
「くそ……!」
蓮は少女を抱きしめ、その光を身体で受け止めた。
調停官が叫ぶ。
「あなたは死ぬ気ですか!?
世界意思に触れれば――
存在の形が崩れます!!」
蓮は怒鳴り返す。
「知るか!!
この子をひとりで受けさせるわけねぇだろ!」
少女が涙をこぼしながら蓮を抱き返す。
『……蓮くん……
やだ……
いかないで……』
「離れねぇよ。
絶対にな。」
その瞬間――
世界の光が形を取った。
見たことのない“影”だった。
人でも、獣でも、機械でもない。
ただ、
世界が意志を持って形になった“概念”。
蓮は思わず息を呑んだ。
「……世界の意思……?」
影は言葉ではなく、
蓮の胸の奥に“意味”だけを落とす。
――境界へ来い。
――お前は既に、境界の側だ。
――三者の位相は揃った。
蓮の背筋に電流が走る。
(……三者?)
少女の光が強く揺れる。
『……朔夜くん……!
朔夜くんの光が……!』
朔夜の光が直線を描いて“境界”に繋がる。
蓮の胸も同じ位置へ熱を持つ。
少女の光も同じ位置へ引き寄せられる。
三つの光が――
一点に集まろうとする。
調停官が絶叫する。
「だめだ!!
三者の位相が揃えば、
“世界の深層が開く”!!
あなたたちはもう――!」
蓮は少女を抱き寄せ、
世界の影を睨んだ。
「――行くよ。」
少女が頷く。
『うん……!』
蓮は、光へ飛び込んだ。
世界が開く。
境界線が――
ついに一つへ繋がった。




