第11話(裏) 『臨界線 ― 檻は“世界の境目”となる』
――刃向 蓮 視点
渦は、もう“穴”ではなかった。
それは、
世界と世界を貼り合わせるための“境界膜”
そのものになっていた。
地面でも空でもない。
ただ揺らぎだけが存在する場所。
少女が震える声でつぶやく。
『……ここ……
息が……しやすい……』
蓮は気づいた。
(檻の空気じゃない……
外の空気が流れ込んでる)
少女の肩がふるえる。
『こわい……
でも……あたたかい……』
「大丈夫だ。」
蓮はそう言うが、
胸の奥では別の警告が鳴り続けている。
(――外界接続がここまで進むと、
檻そのものが“持たない”)
蓮がそれを理解した瞬間。
空間が揺れた。
調停官が叫ぶ。
「あなたたち、もう後戻りできません!!
このままでは檻が崩壊し――!」
少女の光が調停官の言葉を遮った。
淡く、しかし力強く。
『――ちがう。
壊れるんじゃない。
帰っていくの。』
蓮は目を見開いた。
(……帰る?
檻が……どこに?)
少女は渦の方に視線を向ける。
『この場所は……すごく古い。
ずっと……だれかの“手の中”にいた場所……』
『やっと……返してあげられる……』
調停官は恐怖に震えた。
「そんなことをすれば――
檻は! 檻という構造は!
“世界の片側”が欠落する!!」
蓮はそこに違和感を覚えた。
(世界の片側……?
じゃあ檻は、もともと世界の一部だった……?)
蓮は調停官を睨む。
「檻は……何なんだ。
全部話せ。」
調停官は頑なに首を振る。
「話せません!
話せば“檻が応答する”!!」
蓮は渦の縁に手を触れた。
突然、雷が檻の空間に落ちた。
――朔夜の雷だ。
蓮は確信する。
(繋がっている……
なら、もう隠す意味はねぇ)
彼は調停官に背を向けて言った。
「もう遅い。
檻は外界と接続したんだ。
ここにいる全員の意思で動きはじめてる。」
「止められない。」
少女が蓮の腕をつかむ。
『……蓮くん。
むこうに……もう一人……いるよ。』
「……朔夜か?」
少女は首を横に振った。
『ちがう……
あのひとは……“世界”……』
蓮は息を呑む。
(世界……?
世界の“意思”が……
こっちに触れようとしてるのか……?)
霧のような波が檻へと押し寄せる。
優しく。
けれど圧倒的な力で。
まるで、
世界の側から檻へ手を伸ばされたように。
調停官が絶望した声で叫ぶ。
「終わりだ……
檻が“世界の側”へと戻ろうとしている……
あなたたちの意思で……!」
少女がつぶやく。
『……だって……
本当はここ……
誰かが“無理やり形にした”だけの場所……』
蓮は少女の光の揺れを見つめた。
「お前……気づいてたのか。」
少女は静かに頷く。
『蓮くんが……
“壊してもいい”って言ったとき……
本当はわかったの。』
『ここはもう……
その役目を終えてるって。』
蓮の胸に、熱が宿る。
(……こいつはもう、檻に縛られていない)
(檻の機能がどうであれ、
この子は、自分の“意思”で外へ出ようとしてる)
その瞬間。
朔夜の声が――
はっきりと蓮の胸に届いた。
『……蓮……?
聞こえるか……』
蓮は息を飲む。
(繋がった……!
こっちからも……!)
少女の光が震える。
『……二人とも……
ここに……来ようとしてる……』
霧の圧がさらに強くなる。
空間がきしむ。
調停官が泣きそうな声で叫ぶ。
「このままでは――
檻は完全に“外界へ還る”!!
あなたたちは……!
存在の位相を失い――!」
蓮は少女の手を握り返した。
「いいんだよ。」
「位相が変わるぐらいで俺は死なねぇ。
お前もだ。」
少女は柔らかく微笑む。
『うん……
知ってる……
蓮くんは、死なない……』
渦が、白く染まった。
“最終段階”が始まった。
蓮は一歩踏み出す。
そして宣言した。
「俺たちは――
外へ出る。」
「檻を返し、
世界の嘘を剥がし、
全部を取り戻す。」
少女が言う。
『外で……
会おうね……
蓮くん……
朔夜くん……』
白い光が二人を包む。
檻が、軋みながら――
世界へと戻っていった。




