第六話 桜雷作戦・裏側 ― 黒鋼に響く蒸気の咆哮
夜明け前の鋼都ミッドラインは、
普段より深く、重く、息を潜めていた。
蒸気塔の轟音すら、何かを警戒するように低く震え、
工場区の魔導灯は最低限の光しか灯されていない。
――桜雷作戦。
桜花帝国が、久々に大規模攻勢に出るという情報はすでに
黒鋼連邦軍の全前線へと伝わっていた。
刃向蓮は、黒鋼獣《八号機》のコックピットに座っていた。
胸の魔導炉が脈打つように光り、
蒸気が規則的に吹き上がる。
(……来る。
桜花が……本当に攻めてくる……)
喉が渇く。
息が早い。
だが恐怖ではない。
(朔夜……お前も、この戦場に来るんだろう?)
胸の奥が熱く、苦しくなる。
そこに、操縦士のロワが飛び乗ってきた。
「緊張してるな、蓮。
……まあ無理もねぇ。
敵の参謀が“戦術の天才”って噂だ。
初陣で黒鋼獣を止めた奴がいるらしい」
蓮は息を呑んだ。
“初陣で黒鋼獣を止めた”
“戦術の天才”
(……朔夜だ)
確信に近い直感が心を刺す。
同時に、通信が一斉に入った。
『黒鋼前線基地・索敵網展開!』
『警戒レベル3へ移行!』
『霧の流れに異常――桜花軍の動きか!?』
ロワが舌打ちする。
「敵、早ぇな……もう来やがったか」
蓮の全身に冷たい汗が流れる。
(朔夜……こんなに早く?
いや、あいつなら……来る。
僕が知ってる朔夜なら……)
そこへ、宗六の声が通信に割り込んできた。
『蓮――聞こえるか?』
「はい、宗六さん」
『これから敵の主攻は“右前方”だ。
桜花は雷のように直線的な突破を好む。
だがその裏には必ず“影”がある』
ロワが不思議そうに蓮を見る。
蓮は、宗六の言葉が朔夜の戦術を“読んでいる”と直感した。
(やはり……朔夜は来る)
宗六が続ける。
『蓮。
お前の目で、敵を見抜け。
朔夜の……“雷の読み方”を感じろ』
蓮の心臓が跳ねた。
「……やります。
僕が……黒鋼の目になります」
黒鋼獣が一斉に立ち上がる。
脚部が蒸気を吹き上げ、地面を震わせた。
その時だった――
ザーッ!!!
索敵パネルの魔導数値が突然跳ね上がる。
「……来た!」
蓮が叫ぶと同時に、
コックピットの外から轟音が響いた。
遠方の丘から、
桜花帝国の軍勢がまるで“雷のように”なだれ込んでくる。
蒸気術式、侍工廠の影のような動き、
そして一糸乱れぬ隊列。
ロワが唸った。
「くそっ……本気で来やがった……!」
黒鋼獣の操縦桿が震え、
魔導炉が唸りを上げる。
蓮は索敵を全開にし、霧を裂くように魔導パルスを放つ。
(敵の主攻――第三陣。
でも……動きが滑らかすぎる。
何かがおかしい……)
目を閉じ、
風の流れ、踏み込みの振動、地形の微妙な起伏――
すべてを感じ取る。
(……こんな動きをするのは……
朔夜しかいない……!!)
蓮の口から、震える声が漏れた。
「ロワさん!
敵の本当の突破点は――左側面!
偽の“雷”です!!」
「なッ!?
ほんとか蓮!?」
「間違いありません!!」
ロワが操縦桿を全力で引き、
黒鋼獣は巨体とは思えない速度で左方向へ急旋回した。
直後――
ズバァァンッ!!
黒鋼獣のすぐ横を、
侍工廠の影が高速で駆け抜けていった。
「……マジかよ……読んだのか、あれを……」
ロワの声には驚愕と、わずかな恐怖がこもっていた。
蓮は息を切らしながら、震える手で索敵を続ける。
(朔夜……
……やっぱりお前はすごいよ)
黒鋼隊長の叫びが通信に入る。
『第七機甲中隊!
補給線を守れ!!
桜花の作戦は“雷の偽装突破”だ!!
奴らの参謀は……頭が切れる!!』
(参謀……
そう呼ばれるようになったんだな、朔夜)
胸が締め付けられる。
遠くに、桜花の軍旗が見えた瞬間――
蓮の目が大きく見開かれた。
(……あの陣形……あの速度……
やっぱり……朔夜がいる……!!)
胸が熱くなる。
喜びか、悔しさか、恐怖か――
判断できないほど混ざり合っていた。
だが、宗六の冷たい声が
蓮の心を縛り上げる。
『蓮。
朔夜を見つけたか?』
「……はい。でも――」
『迷うな。
朔夜を“こちらへ導く”のも、お前の役目じゃ。
この戦いで、そのための“道筋”を示せ』
蓮の心に、苦い痛みが走った。
(朔夜……
僕は……どうすればいいんだ)
だが、彼はもう決めていた。
“夕凪を救いたい”
“朔夜を救いたい”
その思いは、黒鋼の信念と絡み合い、
もう後戻りできないところまで来ている。
蓮は震える手で、黒鋼獣の制御盤を握り締めた。
「……行きます。
黒鋼として……未来のために」
蒸気爆音が轟き、
黒鋼獣の群れが一斉に動き出した。
その咆哮は、
朔夜の“雷”と正面から交差する。
桜雷作戦――裏側の戦いが始まった。




