第8話(裏) 『24時間の契約 ― 檻脱出作戦 第一段階』
――刃向 蓮 視点
《檻》の空が、赤いノイズで満ちていた。
昨日とは違う。
混乱ではなく、
**“設計そのものが揺らいでいる”**という警告だった。
《安定度:36%》
《構造軸が外因性波形に干渉》
《外因性波形=英雄個体(天城朔夜)より発生》
蓮は、薄い笑みを浮かべた。
「……朔夜。
また無茶してるな」
隣で、少女が胸元を押さえている。
『……痛い……
でも……違う……
誰かが……“守ろうとしてる”痛み……』
(……朔夜の戦いが、
こいつの光に干渉してる……)
昨日、細い一本の“線”が繋がった。
今日は、その線が太くなっている。
まるで外の戦場の衝撃が、
檻の壁に直接触れているようだった。
調停官が早足で現れた。
彼女の表情は、いつになく険しい。
「“檻の移送”が決まりました。
最上位管理区画――《基底区画》へ」
蓮は肩をすくめた。
「予定通りだろ。」
「予定外です!」
調停官の声が珍しく震えた。
「本来、移送には三十日以上の準備が必要です。
それを“二十四時間”に短縮させたということは――」
蓮が代わりに続ける。
「――俺たちが“危険度最高”に昇格したってことだな。」
調停官は黙って頷いた。
少女が、不安そうに蓮の服を掴む。
『……移されると……
もっと……
出られなくなる……?』
「出られなくなるどころか、
二度と“外と繋がらなくなる”」
少女は息を呑む。
「だから、二十四時間以内に出る。」
蓮は、当然のように言った。
調停官が、目を見開く。
「……まさか本気で……?」
蓮は、少女の肩に手を置いたまま言う。
「……“線”はもうある。
あとは“穴”を開けるだけだ。」
その瞬間。
《檻》の壁が、低い音を立てて軋んだ。
少女が胸を押さえ、顔を歪める。
『……また……
誰かの……“決意”が……聞こえる……』
蓮は驚かなかった。
(……朔夜だ。
討伐部隊と戦ってやがる)
少女の光が、徐々に強くなる。
蓮は、少女の顔を覗き込み、静かに言った。
「痛みを、“方向”に変えろ。
誰を助けたいのか、
どこへ行きたいのか――
はっきり思い描け」
少女は震える声で呟く。
『……わたし……
外に……
行きたい……』
『外で……
間違った戦いを……
止めたい……』
調停官が、一歩下がった。
「その意識は危険です!
《檻》の設計は“世界修復装置”の残骸が基盤。
それに抗えば――」
蓮は、遮った。
「――抗うから意味があるんだよ。」
調停官は、言葉を失ったように固まる。
蓮は、少女の右手を握り直す。
「作戦開始だ。」
少女の瞳が揺れる。
『……作戦……?
もう……始めるの……?』
「“第一段階”だ。」
蓮は、檻の中央にゆっくり歩を進める。
空間の中心――
最も安定している場所であり、
同時に“最も破壊に適した場所”。
蓮は立ち止まり、壁を睨んだ。
「――ここを、壊す。」
調停官が悲鳴を上げる。
「無理です!
《檻》は三重構造――
魔導、精神、物理の三重干渉!
一人の力で破壊など――」
蓮は、静かに答えた。
「一人じゃねぇよ。」
少女が、蓮の横に立った。
光が、ゆっくりと彼女の胸から広がる。
『……守りたい……
外へ……
繋がりたい……』
蓮の光と完全に同期した瞬間。
《檻》が悲鳴をあげた。
《内部共鳴値:過負荷》
《遮断構造:揺らぎ発生》
《外側戦域の波形と干渉増大》
調停官が叫ぶ。
「やめてください!!
このままでは檻が――!」
蓮は、言葉を遮った。
「壊れて困るのは、
俺たちじゃない。」
「困るのは――
俺たちを閉じ込めてる側だ。」
少女の光が、壁へ伸びる。
蓮の拳が、壁へ向かう。
次の瞬間――
檻の壁に、初めて“穴の予兆”が生まれた。
小さな揺らぎ。
だが間違いなく、これは突破口。
少女が涙をこぼしながら言った。
『……できた……
外へ……
近づいた……』
蓮は頷いた。
「だがこれは“第一段階”だ。
あと二段階必要だ。」
調停官は震え声で問う。
「……なぜ……
そこまでして外へ……?」
蓮は、振り返らずに答えた。
「――あいつが、
今、一人で戦ってるからだ。」
「仲間なんだよ。
敵でも、味方でもなく……
“仲間”なんだ。」
少女の光が、また揺れる。
そして蓮は宣言した。
「二十四時間で──
ここを出る。」
その夜。
灰境州の霧と、檻の光が、
一度だけ完全に同期した。
世界はまだ気づいていない。
英雄の拒絶と、檻の自由は――
同じ方向を向き始めている。




