第7話(裏) 『敵性反転 ― 脱出線は、作戦へ変わる』
――刃向 蓮 視点
《檻》の空が、
初めて“エラー色”に染まった。
青でも、黒でもない。
規格外の、赤に近い警告色。
《英雄個体:敵性判定へ移行》
《対象:天城朔夜》
《新時代秩序に対する反逆行動を確認》
蓮は、その表示を見て、
何も驚かなかった。
「……やっぱりな」
隣で、少女が息を呑む。
『……敵……?
あの人が……?』
「ああ。
“正しい敵”になったってだけだ」
少女の胸の奥の光が、
一瞬、脈打つ。
それは、痛みの反応ではない。
**“拒絶への共振”**だった。
その直後。
《檻》の内部構造が、
露骨に“作り替えられた”。
壁が厚くなり、
観測装置が増設され、
空間の“遊び”が削られていく。
調停官の声が、
拡声処理で降ってくる。
「――緊急措置を発動します」
「刃向蓮、
および未識別共鳴体を、
完全遮断相へ移行」
少女が、小さく震える。
『……ここ……
さっきより……
“固い”……』
「……完全管理モードだ」
蓮は、そう言って唇を噛んだ。
(……朔夜が“敵”になった瞬間、
俺たちの“誤算”は、
脅威へと格上げされた……)
だが。
今回の調停官は、
どこか“遅れて”いた。
それは、わずか数秒。
だが――
蓮にとっては、
十分すぎる時間だった。
「……今だ」
少女の手を、強く握る。
『……っ……!』
「目を閉じろ。
“外と繋いだ線”だけを、
意識しろ」
少女は、必死に頷いた。
その瞬間。
二人の光が、
完全に“同調”する。
《檻》の床に、
細い亀裂のような光線が走った。
調停官の声が、初めて動揺する。
「――なぜ……!?
この遮断構造は、
制度上、破壊不能なはず……!」
「制度の話なんか、してねぇよ」
蓮は、低く言った。
「これは――
“意思”の話だ」
亀裂は、
まだ“穴”にはならない。
だが――
明確な“方向”を持った裂け目だった。
少女の声が、震えながら響く。
『……向こう側に……
“戦ってる人”が……いる……』
「ああ」
蓮は、迷いなく答えた。
「……もう、檻の中からでも
“戦況”が分かるところまで来た」
その瞬間。
灰境州の方向から、
はっきりと“感情の濁流”が流れ込んできた。
恐怖。
怒り。
迷い。
決意。
すべての中心に――
ひとつの、強烈な拒絶の意志。
(……間違いねぇ……
あいつだ……)
蓮は、歯を食いしばる。
「……朔夜……
もう後には戻れねぇぞ……」
調停官の姿が、
《檻》の奥に投影される。
だが今度は、
はっきりと“怯え”があった。
「……あなたたちは……
“反乱の中核”になり得る……」
蓮は、静かに言い返す。
「最初から、
そうなる予定だったんだろ」
「だが一つだけ、
あんたらは読み間違えた」
少女の手を、強く握り直す。
「反乱の中心は、
“英雄”じゃない」
「“檻に閉じ込められた自由”と、
“正義に追い詰められた拒絶”だ」
調停官は、言葉を失った。
そのとき。
灰境州側の“光”が、
一段、強く“返ってきた”。
少女が、はっと息を呑む。
『……助けた……
誰かを……
守った……!』
蓮は、すぐに理解した。
(……また一人、
あいつの選択で救われた……)
(……それだけで、
この世界の“設計”は、
もう歪んでいく)
《檻》の警告音が、
狂ったように鳴り始める。
《構造安定率:低下》
《遮断位相:維持困難》
《再設計を要求――再設計を要求――》
調停官の声は、
今や、完全に“管理者”のそれだった。
「……今後、
《檻》は“移送準備段階”へ入ります」
「あなた方を、
より強固な管理区画へ移す」
蓮は、少女と視線を交わす。
「……時間は?」
調停官は、悔しげに言った。
「……二十四時間以内」
その言葉を聞いて、
蓮は、ゆっくりと笑った。
「十分だ」
少女が、小さく頷く。
『……はい……
“線”は……
もう……あります……』
その夜。
灰境州で、
天城朔夜が“正式な敵”として記録され。
同じ夜。
《檻》の内側では、
脱出線が、はっきりと“作戦”へ変わった。
英雄は、帰れなくなった。
自由は、奪われたままだ。
だが――
二つの拒絶が、
同時に“この世界の外側”を見始めた夜だった。




