第4話(裏) 『灰境州 ― 平和の名をした処理場』
――刃向 蓮 視点
灰境州――。
それは地図の上では、
「旧三国国境の緩衝地帯」
と、無機質に記された場所だ。
だが、実際の意味は違う。
(……戦場の再利用区画、か)
蓮は《檻》の内部で、
ストラタの暗号監視帯域から流れ込む解析データを、
断片的に拾っていた。
正式には“監視下”の身。
だが皮肉にも、その監視網そのものが、
蓮に「裏側」へと通じる穴も与えてしまっている。
灰境州――
そこに送られるのは、決まっている。
再編に反発した武装残党
旧体制に忠誠を誓う兵
国家にとって“処分に困る存在”
そして、その最前線に立たされるのが――
天城朔夜。
「……英雄を“掃除役”にしたわけか」
呟いた直後、
《檻》の奥の空間が、また歪んだ。
調停官の気配。
「あなたの友人が、
灰境州に送られることになりました」
いきなり核心だけを撃ち抜く言い方。
「だから何だ。
もう“決定事項”なんだろ」
「ええ。
拒否の余地はありません」
蓮は、静かに息を吐く。
「……で、
本当の理由は?」
調停官は、ほんの一拍だけ沈黙し、答えた。
「灰境州は――
“新時代の失敗を処理するための場所”です」
「……ほう」
「連合軍が勝てば“平和の象徴”。
負ければ“存在しなかった紛争”。
どちらに転んでも、
都合の悪い記録は、すべて“灰”に還る」
蓮の口元が、わずかに歪む。
「……つまり、
英雄に“汚れ役”を全部押し付ける、と」
「英雄は、
“正義の結果”を引き受ける存在ですから」
その言葉に、
蓮の胸の奥で、鈍い音が鳴った。
(……朔夜は……
“人柱”にされてる……)
そのとき。
《檻》の内部で、
はっきりと“あの光”が揺れた。
今度は、はっきりと。
調停官の表情が、初めて大きく崩れる。
「……まさか……
このタイミングで……」
「……来たか」
蓮は、ゆっくりと立ち上がった。
《檻》の一角。
観測網の“死角”。
そこに、微かに“人の輪郭”が浮かんだ。
声が、震える。
『……ここ、ですか……?』
女の声。
怯えている。
だが、確かに――
誰の支配にも染まっていない声。
調停官が、即座に指を鳴らす。
「――遮断!
その存在は、管理対象外です!」
だが、遅い。
蓮は、迷わず一歩、踏み出した。
「……来てくれたか」
少女の姿が、輪郭を持ち始める。
銀にも白にも見える髪。
淡い光を宿した瞳。
年の頃は、夕凪と同じか、少し上――。
縛られていない。
命令されていない。
ただ、“ここに来た”という選択だけがある。
『……あなたが、
“自由を閉じ込められた人”……?』
蓮は、初めてはっきりと笑った。
「ああ。
その通りらしい」
次の瞬間。
《檻》の制御波が暴走する。
「――隔離失敗!
想定外接続、発生!」
調停官が、初めて声を荒らげた。
「この接続は、
“正義”でも“制度”でも遮断できない……!」
蓮は、少女の手を掴む。
「……いいところに来た。
ここは、“新時代の檻の内側”だ」
『……っ……』
「だがな――」
蓮は、はっきりと言った。
「檻は、
内側から壊す方が、
たいてい簡単なんだ」
光が、弾ける。
それは閃光ではない。
爆発でもない。
ただ――
“支配されない意志”と“自由を奪われた意志”が、
初めて正面から繋がった瞬間だった。
調停官は、その光を見つめながら、静かに呟いた。
「……新時代の“誤算”は……」
「……彼女ですか……」
同時刻。
灰境州へ向かう輸送列車の中で、
天城朔夜は、眠れぬまま、夜明けを迎えようとしていた。
そしてその遠くで――
新時代という名の支配構造に、
最初の“裂け目”が、静かに刻まれた。




