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『黒鋼ノ戦旗 ― 奪われた未来を取り戻すために』  (裏)  作者: 田舎のおっさん
第4部

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第3話(裏) 『霧鋼平原の裏契約 ― 正義は、先に売られる』

――刃向 蓮 視点


霧鋼平原の戦闘が始まった、その同刻。


蓮は、港湾区に張られた《檻》の内側で、

遠くの地鳴りを“遅延音”として聞いていた。


ドゥン……ドゥン……と、

地の底から伝わってくる鈍い振動。


(……始まったな、朔夜)


英雄が、

“新時代の最初の一撃”として振るわれている。


それを、蓮はここから出られないまま、想像で見るしかない。


だが――

今日の本命は、戦場ではない。


背後の空間が、静かに歪んだ。


再び現れたのは、あの調停官だった。


「霧鋼平原、予定通り作戦開始を確認しました」


「……わざわざ報告に来たのか?」


「いいえ。

 あなたの“処分保留”に関わる、

 重要な契約が結ばれたので」


その言葉に、

蓮の視線が鋭くなる。


「誰と誰が、何を売った?」


調停官は、淡々と告げた。


「黒鋼再編派と、桜花保守派。

 “新時代の安定”を条件に――」


「あなたの存在を、

 “監視下の生きた抑止力”として共有する契約です」


蓮は、思わず笑った。


「……要するに、

 俺を“見せしめの人質”にした、ってわけか」


「ええ。

 あなたが自由に動かない限り、

 英雄も、象徴も、余計な行動を取らない」


「合理的でしょう?」


(……合理的、ね)


蓮の胸の奥で、

冷たい怒りが、ゆっくりと回り始める。


(……誰よりも“合理”を嫌ったのが、

 あの世界だったはずなのにな……)


その瞬間。


蓮の内側で、

また“あの光”が、かすかに揺れた。


微弱な脈動。

心臓の鼓動に重なるような、

不安定な共鳴。


調停官の視線が、

鋭く蓮に突き刺さる。


「……また、反応が出ていますね」


「さあな」


「あなたが呼んでいるのか、

 それとも――」


調停官は、言葉を切った。


「あなたではない“誰か”が、

 この檻の外側に、

 すでに存在しているのか」


その言葉に、

蓮は、はっきりと理解した。


(……ああ……)


(……見つかったな……)


昨日の夜に感じた、

“支配されていない意志”。


それは偶然じゃない。

すでに、この監視網の“誤算”として浮上している。


「……あんたら、“完璧な管理”が売りだったんじゃないのか?」


「完璧は――」


調停官は、少しだけ目を細めた。


「最初から存在していません」


その頃。


霧鋼平原では、

すでに戦闘が“成功”として処理されつつあった。


映像は編集され、

敵の叫びは削られ、

英雄の一撃だけが、

“新時代の希望”として切り取られる。


そしてその裏で、

拘束された生存者の一部が、

秘密裏に黒鋼側へ引き渡されていた。


理由は一つ。


「新時代の“反証実験”に必要だから」


正義は、

戦場よりも先に、

会議室で取引される。


蓮は、フェンス越しに見える空を眺めながら、

低く呟いた。


「……英雄は、

 見せしめで――」


「……俺は、

 人質かよ」


調停官は、答えない。


答えなくても、

もう十分すぎるほど、答えだった。


だがそのとき――

港湾区のさらに外側、

視界の端で、“意図的に隠された光”が、一瞬だけ瞬いた。


通信も、信号も、ない。


ただ“見られることを拒んだ意志”だけが、

確かにそこにあった。


蓮の口元が、わずかに上がる。


「……なるほど」


「新時代ってのは、

 思ったより――

 “穴だらけ”らしい」


その夜。


調停官は、上層部へこう報告した。


「刃向蓮、

管理下に保持成功」


「霧鋼平原作戦、

新時代軍の“抑止力”として、

十分な実証効果を確認」


「なお――

檻内部に、

原因不明の共鳴現象を観測」


報告を受けた者たちは、

その最後の一文を、“誤差”として処理した。


だが、蓮だけは知っている。


それが――

新時代の支配構造に開いた、

最初の“ひび割れ”であるということを。

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