第2話(裏) 『許可された生存、奪われた自由』
――刃向 蓮 視点
朝焼けが、港湾区の錆びた鉄骨を朱に染めていた。
かつて黒鋼連邦の物流を支えたこの一帯は、
今では半分が閉鎖され、半分が“新時代連合”の監視区域となっている。
自由はある。
だが――監視のない自由は、もう存在しなかった。
蓮は、倉庫の屋上からその様子を眺めていた。
巡回兵。
最新式の感知ドローン。
空には、ストラタ製の浮遊観測機。
(三国合同の目……か)
昨日までの“即時排除”から、
今日は“完全監視”へ。
手口が、変わった。
それはつまり――
“今すぐ殺す価値”から、“利用する価値”に変わったということだ。
「……来るな、これは」
その直感は、外れなかった。
屋上の縁に、
“何もないはずの空間”が、わずかに歪む。
次の瞬間。
そこに立っていたのは、
白と黒の境目のような法衣をまとった、ひとりの女だった。
年齢は、二十代半ば。
銀に近い淡い髪。
瞳は、感情の読めない薄い金色。
(……転移系……いや、違う……)
「初めまして、刃向蓮」
名を呼ばれて、
蓮の指先が、微かに動く。
「私は“調停官”。
新時代秩序の、意思決定代行者です」
「……肩書きばっかり増えるな、新時代は」
女は、微笑んだ。
だがその笑みは、
人に向けるものではなく――
“制度側”の笑みだった。
「あなたの処遇が、決定しました」
「殺すんじゃなかったのか」
「いいえ。
“自由を返さない”だけです」
その言葉が、
氷のように胸に落ちた。
女が片手を上げると、
空間そのものが歪み、
無数の光の紋様が、港湾区の四方に展開される。
「――限定領域《檻》、起動」
瞬間。
蓮の身体が、世界ごと“固定”された感覚に包まれた。
動ける。
だが、“外へは行けない”。
力を込めても、
空間が、拒絶してくる。
(……これが……)
(……新時代の“自由の定義”か……)
「あなたは、生きていい。
ただし――“許可された範囲”で」
「……人の檻は、
世界より陰湿だな」
「ええ。
ですが――壊せない」
女は、淡々と言った。
「壊せば、
あなたは再び“危険因子”に戻る」
「戻れば、次は“生存許可”は出ません」
選択肢は、最初から一つしかない。
従うか、
消えるか。
「……上等だ」
蓮は、低く笑った。
「だがな」
視線を上げ、
まっすぐ女を見る。
「自由ってのは、
“与えられるもん”じゃない」
その瞬間。
蓮の胸の奥で、
昨日の夜に感じた――
“あの微かな光”が、再び脈動した。
ほんの一瞬。
だが確かに、
この檻の内側で――
“誰かの意志”が、呼応した。
女の眉が、初めてわずかに動く。
「……今のは?」
「さあな」
蓮は、薄く笑う。
「だが――
この世界、
まだ“誤算”が残ってるらしい」
調停官は、それ以上何も言わず、
静かに空間から姿を消した。
残されたのは、
“許可された自由”の中に閉じ込められた、ひとりの男。
だが蓮は、
空を仰ぎ、静かに呟く。
「……檻の中でも、
光は繋がる……か」
英雄は、旗の中に縛られ。
象徴は、温室に囲われ。
自由は、檻に閉じ込められた。
だがそれでも。
支配が完成した世界に、
まだ“想定外”は残っている。
新時代戦争は、
いよいよ“思想と檻”の段階へと入った。




