第1話(裏) 『自由は、最初に獲物になる』
――刃向 蓮 視点
夜明け前の港湾区は、異様なほど静かだった。
蒼黒い雲の切れ間から、わずかに差し込む月明かり。
使われなくなったクレーンが軋む音だけが、遠くで鳴っている。
蓮は、倉庫の屋根の上に立ち、気配を殺していた。
(……来るな)
確信があった。
世界が消えたあと、
英雄が祭り上げられ、
象徴が囲われ――
その次に来るのは、必ずこうだ。
「自由な異物の排除」
刃向蓮という存在は、
どの国家にも属さず、
どの正義にも与せず、
それでいて世界を壊した“結果”だけを背負っている。
――だからこそ、
最も危険で、最も邪魔な存在。
風が、変わった。
わずかな殺気。
人のものじゃない“訓練された静けさ”。
蓮は、屋根から飛び降りた。
次の瞬間、いたはずの場所が――撃ち抜かれる。
乾いた破裂音。
地面に突き刺さるのは、黒い杭のような弾丸。
(……来たか)
影の中から、三つの姿が現れる。
全身を覆う軽装教材装甲。
顔には仮面。
動きに、迷いがない。
「――対象、刃向蓮」
一人が、淡々と告げた。
「各国共同特別認定により、
あなたは“新時代不安定因子”に指定されました」
蓮は、鼻で笑った。
「……新時代、ね。
名前だけは景気がいい」
「抵抗は推奨されません。
拘束、もしくは――」
言葉の続きを、蓮は最後まで聞かなかった。
地面を蹴り、
一気に距離を詰める。
一体目の仮面が割れ、
中の顔が、一瞬だけ見えた。
若い。
まだ、二十にもなっていない。
(……これが新時代の兵士か)
情は、湧かない。
だが――
思想が先に撃ってくる世界に、
情けを挟む余地はない。
蓮の刃が、装甲の継ぎ目を正確に断つ。
二体目が、背後から滑り込む。
拘束フィールドが展開され――
蓮は、それを“踏み潰した”。
世界の装置は消えた。
だが、蓮自身の“壊した痕”は、消えていない。
三体目が、距離を取って叫ぶ。
「やはり……危険因子……!」
「当たり前だ」
蓮は低く呟き、
その仮面を、正面から砕いた。
数分後。
港湾区に、再び静けさが戻る。
地に伏す三つの影。
息は、ある。
だが立ち上がることはできない。
蓮は、血のついた手袋を外し、
夜空を見上げた。
「……もう、始まってるな」
英雄が拘束され、
象徴が保護され、
自由は――即、排除対象。
分かっていた。
だが現実として突きつけられると、
それは想像よりも、はるかに早かった。
そのとき。
波打ち際の向こう、
かすかな“光”が揺れた。
灯りでもない。
信号でもない。
ただ、人の気配に寄り添う、微かな輝き。
(……何だ……?)
蓮が一歩、踏み出した瞬間――
その光は、すぐに消えた。
だが、確かに感じた。
誰かが、
支配されないまま、
この世界のどこかで、まだ息をしている。
その感覚だけが、
わずかに、胸に残った。
翌日。
非公式回線を通じて、
各国に一斉通達が流れる。
「新時代の安定のため、
“世界干渉因子・刃向蓮”の行動を制限する」
「生存は許可するが、
自由行動は認可しない」
蓮は、その報を聞いて、
静かに笑った。
「……生きていいが、自由は許さない、か」
それはもう、
処刑宣告よりも、あからさまだった。
(……朔夜)
英雄として拘束される友。
象徴として囲われる夕凪。
そして自分は――
“自由という罪”で狩られる側に回った。
だが。
蓮は、港の縁に腰を下ろし、
再び夜明けの空を見る。
「……それでも」
唇に、わずかな笑みが浮かぶ。
「自由は、
誰にも“許可されるもんじゃない”」
この瞬間――
新時代戦争は、確かに二つの戦場で同時に始まった。
一つは、
英雄が縛られる“表”の戦場。
そしてもう一つは、
自由が最初に撃たれる“裏”の戦場。




