第三部・エピローグ 『それぞれの、帰る場所へ』
世界は、壊れた。
けれど――
空は、ちゃんと青かった。
中央石室からの脱出後、
三人が最初に見た景色は、
瓦礫の向こうに広がる、
どこまでも穏やかな朝焼けだった。
桜花帝国の蒸気塔も、
黒鋼連邦の鋼鉄建造物群も、
ストラタの古代遺跡も――
すべてが、ほんのわずかに静まり返っている。
大陸は、
**“世界に支配されない初めての朝”**を迎えていた。
桜花帝国・臨時医療天幕。
朔夜は、ベッドの上で天井を見つめていた。
全身は包帯だらけ、
雷哭の反動は、想像以上に深く身体を蝕んでいた。
「……生きてるって、
こういうことだったな……」
そう呟いた瞬間――
テントの入口が、そっと開いた。
「お兄ちゃん」
控えめな声。
朔夜は、ゆっくりと顔を向けた。
「……夕凪」
夕凪は、まだ少し足元がおぼつかない。
それでも、自分の脚で、
確かに“歩いて”ここまで来ていた。
「……ひとりで、来れたよ」
「……それは、すごい進歩だ」
朔夜は、少しだけ笑った。
夕凪は、
ためらいがちに、
それでも思い切って――
彼の手を、そっと握った。
「……お兄ちゃん。
わたし……
これから、どうなるの……?」
「……どうなるかは、
誰にも分からない」
朔夜は、握り返す。
「でも――
“誰かのために消える未来”だけは、
もう無い」
夕凪は、
しばらく黙ってから、
小さく頷いた。
「……うん。
それだけで……
今は、十分だよ」
黒鋼連邦・外縁区画。
蓮は、一人、夜明け前の通路に立っていた。
空気は冷たく、
どこか、まだ戦火の匂いが残っている。
宗六の影は、もうどこにもない。
扉も、
世界構造核も、
すべてが終わった。
「……俺は、これからどうすりゃいいんだろうな」
誰に向けたわけでもない独白。
その背後から――
微かな足音。
「……悩むの、早くない?」
振り返ると、
そこにいたのは、
夕凪の付き添いとして来ていた、あの少女だった。
(……新しい“裏側”のヒロインの気配を、
ちゃんと世界が用意してきやがる……)
「……お前は」
「名前、まだ言ってなかったね。
でも――
そのうち分かるわ」
少女は、夜明けの空を見上げた。
「世界が壊れたってことはさ。
“新しく作る番”ってことでしょ」
蓮は、無言で空を見る。
そこには、
蒼でも、黒でもない、
ただの光があった。
「……まあ、
しばらくは――
“普通の人間”でも、やってみるか」
数日後。
大陸全域に向けて、
ストラタ中立評議会から、
一通の声明が発表された。
「古代文明の世界修復装置は完全に停止した。
以後、この大陸に“世界の再起動”は存在しない」
その日、
桜花も、黒鋼も、ストラタも――
初めて、同時に“武器を下ろした”。
戦争は、
終わったとは言えない。
だが――
“世界を理由にした戦い”は、終わった。
桜花帝国・帝都の一角。
夕凪は、
小さな縁側に腰掛け、
湯気の立つ湯飲みを、両手で包んでいた。
その隣に、
朔夜が座っている。
少し離れた場所で、
燈子が、静かに二人の様子を見守っていた。
「……あったかい」
「……生きてる証拠だ」
「……へへ」
夕凪は、
ほんの少しだけ、いたずらっぽく笑った。
「……お兄ちゃん。
わたしね――
ちゃんと、怖くなれるようになったんだ」
「……ああ。
それは、悪くない」
風が、
ゆっくりと庭の草を揺らした。
その向こうには――
まだ混乱を抱えたままの世界が、
それでも、自分の足で進もうとしている。
「……世界は、壊れても……」
夕凪が言う。
「……人は、壊れなかったね」
朔夜は、静かに答えた。
「そうじゃない」
そして、
妹の頭に、そっと手を置く。
「人が壊れなかったから、
世界が壊れたんだ。」
夕凪は、
しばらく考えてから、
小さく笑った。
「……そっちの方が、
好きだな」
遠く、
同じ空の下で。
蓮は、
まだ名もない道を歩き始めている。
夕凪は、
“生きる”ことを、
一歩ずつ覚え始めている。
朔夜は、
もう“世界の敵”ではなく、
“誰かの兄”として、再び剣を握る。
そして――
大陸は、
“誰にも管理されない未来”へ、
静かに歩き出した。
——第三部・完——




