第11話(裏) 『鍵ではない名を、呼ぶ』
――蓮視点
内核は、もはや“部屋”ではなかった。
蒼と黒が渦を巻き、
世界構造核の再起動演算が、
嵐のような圧となって二人を包み込む。
夕凪は、蓮の腕の中にいた。
小さく、震えている。
だが――
その瞳は、もう逃げていなかった。
『……れんくん』
「ここにいる」
夕凪は、ゆっくりと顔を上げた。
『……わたし……
ずっと……
“世界に必要とされてる”って思えば……
こわくなくなるって……
思おうとしてた……』
蓮の胸が、締めつけられる。
『……でも……
それって……
“必要とされないわたし”が……
なくていいって……
言ってるみたいで……』
「夕凪……」
『……だから……
わたし……
選ぶ……』
夕凪の声は、小さい。
だが、はっきりと“意志”を帯びていた。
『……“鍵”としてじゃなく……
“天城夕凪”として……
生きるって……』
瞬間。
内核の嵐が、はっきりと“拒絶の形”へ変わった。
——《警告。
鍵対象が、世界命令を正式に拒否》——
——《拒否は、許可されない》——
世界が、
露骨な“怒り”を帯びる。
蓮は、夕凪を庇うように前へ出た。
「許可だの命令だの……
誰の世界だよ」
《鍵対象は、世界修復の中核である》
《人は、世界の部品である》
「……違うな」
蓮は、歯を食いしばる。
「人は“部品”なんかじゃない。
“世界の中で、迷える存在”だ」
次の瞬間――
世界構造核から、
純粋な消去圧が放たれた。
触れれば、
存在ごと“なかったこと”にされる光。
(……来る……!)
夕凪が、蓮の背中へしがみつく。
『……れんくん……
ごめんね……
わたし……
れんくんを……
巻き込んじゃって……』
「違う」
蓮は、即座に言った。
「お前が“自分で選んだ”ってだけだ。
それは――
誰にも奪えない」
消去圧が、
二人を包み込もうとした、その直前。
——ドクン。
夕凪の心臓の鼓動が、
世界構造核の拍動と、正面から噛み合った。
『……世界……
わたしは……
あなたの“装置”じゃない……』
夕凪の声が、
内核全体へ――初めて、はっきりと“人の言葉”として響いた。
『……わたしは……
“天城夕凪”です』
瞬間。
消去圧が、霧散した。
《……鍵対象の宣言を確認……》
《……世界定義、矛盾を検出……》
《……演算……不能……》
世界構造核が、
初めて“戸惑う”ように揺れた。
蓮は、その隙を逃さない。
「今だ……!」
蓮は、夕凪を抱き上げ、
内核の“中心座標”から、半歩だけ逃がした。
ほんの数十センチ。
だがそれは――
夕凪が“世界の本体”と直結していた座標から外れたことを意味していた。
《……鍵、接続座標、喪失……》
《代替候補の抽出を――》
「させるか!」
蓮は、世界構造核へ向かって叫んだ。
「夕凪はもう“鍵”じゃない!
だから――
お前は……
失敗したんだ!!」
内核の嵐が、
完全に制御不能な乱流へと変貌する。
世界は、
“夕凪を失った”ことを、
はっきりと理解したのだ。
夕凪は、蓮の腕の中で、小さく息をついた。
『……れんくん……
わたし……
こわかったけど……
……言えて、よかった……』
蓮は、静かに頷いた。
「……ああ。
それでいい」
そのとき――
遠く、内核の外側で、
巨大な雷鳴が轟いた。
(……朔夜……)
世界意思と衝突する、
兄の雷。
蓮は、夕凪の額をそっと自分の胸へ引き寄せながら、
はっきりと呟いた。
「夕凪。
もう一度だけ耐えろ」
『……うん……』
「この世界が、
“間違ってる”って証明するのは――
これからだ」
内核は、
完全に“暴走”へ移行した。
世界は、
“鍵を失ったまま”、
再起動しようとしている。
その矛盾した衝動の中心で――
蓮と夕凪は、
“人として”立っていた。




