第9話(裏) 『触れるなと、世界は言った』
――蓮視点
中央石室・内核。
そこは“場所”というより、“状態”だった。
蒼い光が液体のように満ち、空間そのものが、ゆっくりと脈打っている。
その中央に――
夕凪が、いた。
結晶のような蒼光に包まれ、
眠るでもなく、目覚めるでもなく、
ただ“置かれている”。
(……夕凪……)
蓮は、確かにそこまで来ていた。
もう、声は直接届いている。
もう、視線も交わっている。
だが――
「……近づけない、か」
夕凪との間に、見えない“何か”があった。
膜のような、壁のような、
それでいて“世界そのもの”のような違和感。
一歩、踏み出す。
瞬間。
――ギィィィン!!
空間が悲鳴を上げた。
蒼光が収束し、
“人型”の何かが、夕凪の前に現れる。
先ほどまでの防衛装置とは、違う。
これは――
もっと“意志に近い”。
「……来たな。
“最後の番人”ってやつか」
それは、言葉を発しない。
だが、蓮の脳裏に直接、圧が流れ込んできた。
——《個体・刃向蓮。
あなたは、これ以上“進んではならない”》——
「……ふざけるな」
——《あなたの存在は、
“鍵の安定化”を著しく阻害する》——
「夕凪は“装置”じゃない」
蓮は、はっきりと言った。
「安定だの効率だのって言葉で、
人を縛るのは、もうやめろ」
番人が、一歩、前に出た。
夕凪との距離が、さらに引き離される。
——《あなたが近づけば、
鍵は“人に戻る”》——
「それの何が悪い」
——《世界修復は失敗する》——
蓮は、静かに笑った。
「……いいよ。
そんな世界なら、
最初から“修復失敗”で構わない」
次の瞬間、
番人が、蓮へ向かって手を伸ばした。
触れれば、
“存在そのもの”を削られる。
そんな絶対的な予感。
(……来る)
だが――
夕凪が、はっきりと“動いた”。
『……れんくん……!』
蒼光の中で、
小さな指が、蓮の方へ伸びる。
その瞬間。
番人の動きが、一瞬だけ止まった。
《……鍵の自発意思、再確認……》
(……今だ!)
蓮は、全力で踏み込んだ。
番人の腕が、蓮の胸を貫こうとする。
だが――
――ドクン!!
蓮と夕凪の蒼光が、完全に同期した。
衝撃とともに、
番人の腕が“霧散”する。
《……因果干渉……異常……》
蓮は、手を伸ばした。
夕凪の指先と、
ほんの、ほんの数センチ。
「……夕凪……」
『……れんくん……』
だが、その瞬間。
――ゴォォォォ……!!
中央石室そのものが、
激しく悲鳴を上げた。
内核の蒼光が、黒く濁り始める。
——《警告。
鍵の人間化が進行。
世界修復、破綻確定領域へ移行》——
番人が、再構築される。
今度は、より巨大に、よりおぞましく。
「……そうか」
蓮は、歯を食いしばった。
「世界は――
“夕凪が人に戻る”のが、
本当に怖いんだな」
番人が、再び襲いかかる。
今度は、
“排除”ではない。
“完全消去”の圧。
蓮は、夕凪を背にかばうように立った。
「……絶対に触らせない」
夕凪の声が、背後で震える。
『……れんくん……
お兄ちゃん……まだ……戦ってる……』
「分かってる」
蓮は前を睨み据えた。
「だから――
俺はここで、
“時間を作る”」
番人の攻撃が、降り注ぐ。
蓮の身体が、何度も弾き飛ばされる。
視界が揺れ、血が宙に散る。
だが、そのたびに、夕凪の蒼光が、蓮を“繋ぎ止める”。
(……朔夜……)
(……今、
世界の“中心”で、
俺は夕凪を守ってる)
(……だから、
お前は“世界そのもの”を、
思いきり叩き壊せ)
番人が、大きく腕を振りかぶる。
それは、
“終わり”を意味する一撃だった。
だが――
その瞬間、
内核全体に、別の雷鳴が走った。
世界の悲鳴と、
剣の咆哮が、
はっきりと重なる。
(……来たな……朔夜……)
蓮は、血に染まった笑みを浮かべる。
「……ほら見ろよ。
世界。
まだ終わらせねぇって、
言ってる奴が――
ここにも、あそこにも、いるんだよ」
番人の動きが、
ほんの一瞬だけ、鈍った。
その“零コンマの隙”を――
蓮は、絶対に逃さなかった。




