第8話(裏) 『内核侵入 ― 夕凪へ至る最後の距離』
――蓮視点
世界が、裏返った。
外縁部を突破した瞬間、
蓮の足元から“空間”という概念が消えた。
上も下もなく、
ただ――蒼と黒が溶け合う流動の中を、
身体だけが前へ引きずられていく。
(……ここが……中央石室の“内核”…)
視界の奥に、
巨大な蒼光の球体が脈打っているのが見えた。
鼓動のように、
ゆっくり、確実に。
――ドクン……ドクン……
それは、
“世界の心臓”と呼ぶにふさわしい存在感だった。
そして、
その中心に――
(……夕凪……)
小さな人影が、浮かんでいた。
光に包まれ、
眠るように、祈るように。
「あんなところに……」
その瞬間。
――ギィィン!!
背後の空間が裂け、
幾何学構造の“拘束装置”が展開される。
《内核防衛段階・第三位階》
《侵入者の“意思”を拘束せよ》
蒼い鎖が、蓮の両腕、両脚へ絡みついた。
「……やっぱり、簡単には行かせないか」
蓮は歯を食いしばる。
力で振り切ろうとしても、
鎖は“物質”ではない。
それは“世界の判断”そのものだった。
――認められなければ、進めない。
そんな無言の圧が、
全身にのしかかる。
(……ふざけるな……!)
「夕凪は……
認められるために閉じ込められたんじゃない!」
蓮の叫びに反応し、
拘束鎖がさらに強く締まる。
《抵抗行動を確認》
《干渉排除を――》
そのとき。
蒼光の内側から、
はっきりと“声”が聞こえた。
『……れん……くん……』
「……夕凪……!」
小さな腕が、
まるで水の中から伸びるように、
淡く揺れた。
その指先が、
かすかに蓮の胸の蒼光へ“触れた”瞬間――
——バキンッ!!
拘束鎖が、音を立てて砕け散った。
《……干渉異常……》
《鍵との“逆リンク”を確認――》
「……逆リンク?」
蓮は息を呑む。
夕凪のほうが、
“世界装置”ではなく“人間”として、
こちらへ手を伸ばしている。
『……れんくん……
世界が……
わたしを“部品”に戻そうとしてる……』
夕凪の声は、震えていた。
『……こわい……
でも……
お兄ちゃん……戦ってる……
だから……わたしも……』
蓮の喉が、焼けるように熱くなった。
「夕凪……
戦う必要なんてない……
お前は、守られる側だ……」
『……ちがう……』
夕凪の声に、
はっきりと“意志”が宿った。
『……わたし……
もう……“選ばれるだけ”は……いや……』
その瞬間。
内核の蒼光が、
一気に濃く、重く、脈打った。
《警告》
《鍵対象の自発意思を確認》
《世界修復アルゴリズム、再計算へ移行》
蓮は、はっきりと理解した。
——夕凪は、
もう“世界の言う通りに動く存在”ではない。
(……だから、排除しようとしてるのか……
“意思を持った鍵”を……)
《意思を持つ鍵は、危険因子である》
どこからか、
冷たい“世界の声”が響いた。
《個体・刃向蓮。
あなたは“拒絶する側”と認定された》
次の瞬間、
内核そのものが“敵意”を帯びる。
蒼光が収束し、
巨大な“圧”となって蓮へ向かってきた。
(……来る……!)
そのとき。
――ドクン。
蓮の胸の蒼光と、
夕凪の蒼光が、完全に“拍動同期”した。
『……れんくん……
いっしょに……こわそう……』
「……ああ」
蓮は、静かに答えた。
「壊そう。
“誰かが部品にされる世界”そのものを」
蓮の身体から、
蒼と黒が完全に混じり合った“異質な光”が溢れ出す。
《……演算不能……》
《因果律、局所破損……》
世界のロジックが、
初めて“混乱”した。
蓮は、
夕凪へ向かって、はっきりと一歩を踏み出した。
内核との距離が、
確実に、縮まっていく。
――あと、ほんの数歩。
その先に、
夕凪がいる。
朔夜が戦っている。
そして――
世界の“答え”が、待っている。




