第6話(裏) 『降下者 ― 蒼天より落ちる意思』
――蓮視点
ストラタ上空は、空とは呼べない場所だった。
雲は存在せず、
代わりに“蒼い層”が何重にも折り重なっている。
高度計も、気圧計も、すでに意味をなさない。
輸送艇は、
「世界の境界」そのものを突き破るように下降していた。
「……この揺れ、異常すぎる」
操縦席の端末が、赤く警告を点灯させ続けている。
だが蓮は、揺れを感じていなかった。
それどころか――
身体が、どこか“軽い”。
(……引かれている)
誰かに。
いや、“何か”に。
胸の奥の蒼い鼓動が、
ストラタの中心へ向かって一定の律動を刻んでいる。
その時。
視界の奥で、
世界が“裂けた”。
——《認識成功。
個体・刃向蓮。
中央接続候補として“仮認証”を付与》——
音ではない。
言語でもない。
“意味”だけが、
直接、脳へ流れ込んできた。
「……っ」
蓮の視界が一瞬、蒼く反転する。
(これが……
監視者の“正式な視線”……)
息が詰まる。
頭の中に、“世界の構造”の断片が流れ込んでくる。
・大陸の地脈
・三国の成立過程
・扉の初期起動記録
・夕凪の統合プロセス
・そして――
“世界修復に失敗した未来の残骸”
「……見せるな……!」
蓮は歯を食いしばり、
意識を“個として”必死に保とうとする。
だが監視者は、止めない。
——《個体・刃向蓮。
あなたは“鍵”ではない。
しかし“鍵を拒絶しうる意思”を持つ》——
「だったら……
最初から俺に同意なんて求めるな……!」
——《世界修復に必要なのは“同意”ではない。
“抵抗”もまた、起動条件である》——
蓮の心臓が、激しく跳ねた。
「……俺の“拒絶”すら、
お前の都合かよ……!」
その瞬間。
視界の奥に――
朔夜の姿が、微かに映った。
剣を構え、
蒼い石室の中で、
“何か”と対峙している兄の背中。
(……朔夜……
もう、そこまで……)
それと同時に――
——『……れんくん……』
夕凪の声が、
重なるように響いた。
眠りの奥から、
必死に伸ばされた“小さな声”。
——『……もう……
どっちかが……
“選ばれる”の……?』
蓮の胸が、
壊れるように締め付けられた。
「……違う」
蓮は、はっきりと呟いた。
「夕凪。
誰も“選ばせない”。
朔夜も、お前も——
俺が、選ばせない側に立つ」
その言葉に呼応するように、
蒼の空間が一瞬だけ揺らいだ。
——《観測不能。
意思抵抗値、既定値を超過。
個体・刃向蓮——
“破壊側適合”へ再分類》——
輸送艇の警告音が一斉に鳴り響く。
「ストラタ大気圏、最終層突破!
強制降下に入ります!」
蓮はシートに体を押し付けられながら、
しかし目だけは、まっすぐ“下”を見ていた。
蒼の大地。
中央石室。
そして、そのさらに奥に――
“世界の心臓部”。
(朔夜……
夕凪……
俺は今、
同じ場所へ行く)
——ドォォォン!!!
輸送艇が、
蒼の大地へ強制着陸した。
金属が軋み、
衝撃で視界が白く弾ける。
だが、次の瞬間。
蓮は立ち上がっていた。
外套を翻し、
蒼の世界へと足を踏み出す。
その頭上で、
監視者の“視線”が、明確に固定された。
——《中央接続者、二名目。
“拒絶する意思”が、侵入を開始》——
蓮は、静かに前を見据える。
「……待ってろ、二人とも」
それは、
妹のためでもなく、
朔夜のためだけでもない。
“世界に選ばれるという仕組み”そのものを否定するための——
最初の一歩だった。




