第4話(裏) 『監視の囁き ― 黒鋼連邦、目覚めの条件』
――蓮視点
ストラタ光柱が観測されたその夜、
黒鋼連邦の地下研究層は異常な静寂に包まれていた。
——何かが、近づいてくる。
蓮は医療室横の簡易ベンチに座り、
眠る夕凪の気配を静かに見守っていた。
夕凪の呼吸は穏やかだが、
その周囲の空気がどこか“張りつめて”いる。
(……まただ)
胸の奥に、微かな脈動が走る。
夕凪との絆とは違う。
もっと冷たく、もっと無機質な脈動。
監視者の気配。
それが一段と強くなっている。
真白が端末を抱えて走り込んできた。
「蓮……!
ストラタの光柱、第二波が発生した!」
「第二波……?」
真白が青い顔で端末を差し出す。
ストラタ中央遺跡から放たれた光は、
三本の細い光路となり大陸へ向けて伸びていた。
一本は帝国へ。
一本は黒鋼へ。
そして一本は——蓮の胸へ。
「……俺を“狙って”伸びてるのか?」
真白は唇を噛んだ。
「狙ってるというより……
“あなたの共鳴を探している”。
蓮……
あなた、本当に呼ばれてるんだよ」
呼ばれている。
それは嫌というほど感じている。
蓮は胸の奥が熱くなるのを感じながら、
小さく息を吐いた。
(俺は鍵じゃない……はずなのに)
夕凪が鍵。
朔夜がその守護者。
蓮はそのはずだった。
だが——
夕凪の声が、唐突に耳へ響いた。
『…………ダメ……いかないで……』
蓮は驚いて立ち上がる。
「夕凪……!?」
真白も振り向いたが、
夕凪の体は微動だにしない。
彼女は眠り続けている。
しかし声は確かに“蓮だけに”届いた。
『……れんくん……
呼ばれたら……帰ってこられなくなる……』
冷たい汗が背筋を落ちた。
(監視者……
お前は俺を——)
その瞬間。
——ザァァァァァ!!
研究層の照明が一斉に蒼く染まった。
真白が叫ぶ。
「っ来る!
監視者の“直接干渉”!!」
蓮の視界が一瞬にして白へ染まり、
次の瞬間、蒼の粒子に満たされた“精神の庭”が広がっていた。
——《認識。条件適合率上昇。
個体 刃向蓮——招待試行》——
「……ふざけるな!!」
蓮は意識を必死に現実へ戻そうとするが、
蒼の光は蓮の精神の輪郭を吸い取るように迫ってくる。
真白の声が遠くから聞こえる。
「蓮!!
意志を強く!
“名前”を呼ばれたら終わりよ!!」
監視者の声が続く。
——《扉の開放に必要な“意志の鍵”。
その適合者は……》——
蓮は叫んだ。
「俺は鍵じゃない!!
夕凪を……これ以上利用させるか!!」
その瞬間。
蒼光が一瞬だけ、揺れた。
——《反応確認。
不確定因子、価値評価……上昇》——
「上げるな!!」
精神世界から抜け出ようともがく蓮の腕を、
現実へ引き戻す力があった。
真白だ。
「蓮っ!!!!
帰ってきて!!!!」
蓮の視界が急速に現実へ戻り、
肩で大きく息をする。
真白は震えていた。
「……ほんとに……危なかった……
蓮、あなた……“精神リンクの侵入口”にされてる……
監視者は、夕凪ちゃんを通すより……
あなたを使うつもり……」
蓮は息を整え、
ただ静かに言った。
「……そうはさせない」
真白が涙をこらえながら言う。
「蓮……
あなたは優しすぎるんだよ……
だから“選ばれた”の……
監視者にとって、
あなたは“扉を開く理由になれる人物”だから……」
蓮は胸を押さえる。
夕凪と朔夜。
守りたい二人。
そのために自分が利用される未来は、
絶対に許せない。
そこへ。
カツ、カツ、と杖を鳴らす音。
刃向 宗六が、蒼光に照らされて姿を現した。
「……蓮。
監視者の接続成功率、70%まで上昇したようだな」
真白が怒鳴る。
「宗六!
あんた……蓮を監視者に接続させる気なの!?」
宗六は薄く笑う。
「接続したいのではない。
“蓮に扉を開かせたい”のだ」
蓮の心臓が跳ねた。
「……何を、言ってる……」
宗六は蓮の目を射抜くようにするどく見つめた。
「扉を壊すには、
“鍵”ではなく“意思”が必要だ。
鍵は世界の命令に従う。
だが意思は、命令を拒絶できる。
——蓮。
お前こそが、“世界の枠を壊せる唯一の存在”なのだよ」
その言葉は、
蓮の胸に深く刺さった。
(……俺が……“扉を壊す存在”?)
宗六は続ける。
「世界は今、蒼の揺り籠に飲み込まれようとしている。
監視者は再生を望む。
だが……我々は違う。
“壊し、新しく作り変える”側だ」
真白が怒りに震える。
「蓮を巻き込むな……!!」
宗六は彼女を見もせず、蓮へ語りかけた。
「蓮。
選べ。
監視者に利用されるか。
それとも……
世界を壊す側に立つか。」
蒼光がゆらりと揺れ、蓮の心を締め付ける。
夕凪の声が微かに響く。
『れんくん……
どちらにも行かないで……
“道は自分で選んで”……』
蓮は、ゆっくりと目を閉じた。
(俺は……朔夜たちと戦うためにここにいるんじゃない。
宗六の計画に従うためでも……
監視者に選ばれるためでもない)
彼は静かに息を吸い、
宗六を真っ直ぐに見返した。
「……俺は俺のやり方で選ぶ。
監視者にも、お前にも従わない。
世界の未来は……俺が決める」
宗六の笑みが深くなった。
「……良い。
その“意志”こそが、
扉を揺らす。」
蒼光が再び揺れ、
黒鋼連邦は静かに、しかし確実に“中心へ”向かい始めた。




