第四話 鋼鉄の初陣――黒鋼の教え
鋼都ミッドラインの北端にある軍港。
蒸気と油の匂いが混ざり、巨大な鉄機のシルエットが立ち並ぶ。
蓮は胸の鼓動を抑えられずにいた。
今日が――初めての実戦。
「緊張しているか?」
声をかけたのは指導官の 黒鋼ヘルマ中隊長。
軍服の上に装着した機巧装甲が、蒸気を噴きながら稼働している。
「は、はい……でも、やります」
蓮の震える声に、ヘルマは首を振る。
「震えるなとは言わん。
だが忘れるな――黒鋼の兵は“恐怖を踏み越える”ことが最初の任務だ」
ヘルマの背後では、巨体が唸り声をあげる。
陸蒸気兵《黒鋼獣》。
鋼鉄の四脚は動力パイプを軋ませ、
胸部の魔導炉が青白い光を吐いている。
「お前は今日からこの黒鋼獣の“補助操縦士”だ」
「サブ……操縦士……?」
兵器の内部に入り、
操縦席でパイロットの補佐をする役割。
操縦システムの魔導回路を補助したり、
周囲の索敵を行う重要な役目だ。
蓮は息を呑んだ。
(……ついに、俺も……)
夕凪を守る力を手に入れられる――
そう思うと、胸の奥が熱くなった。
「第七機甲中隊、前へ!」
隊長の号令とともに、黒鋼獣の列が動き出す。
足が地面を踏みしめるたび、大地が低く揺れた。
蓮は黒鋼獣の操縦席に乗り込み、視界に広がる数値を見つめる。
【魔導炉:安定】
【外装圧力:正常】
【冷却温度:23%】
【尾部砲:装填完了】
(……これ全部、俺が管理するのか)
緊張が喉を締めつけた。
だが隣席の操縦士――青年兵の ロワ が笑った。
「ビビんなよ新人。
サブは最初みんな死にそうな顔してる」
「……すみません、緊張して」
「まあ、緊張してるくらいのほうが死ににくい。
――いいか蓮、黒鋼の教えを覚えておけ」
ロワは指を立てた。
「黒鋼の兵士は“目的のために生きる”。
恐怖も、痛みも、過去も――すべて目的の前では雑音だ」
「目的……」
ロワは続けた。
「お前は“誰を守りたい”?
俺は家族だ。
だから生きるためなら手段は問わねぇ」
蓮は喉を震わせた。
(夕凪……そして朔夜……
二人を救えるのは、もう黒鋼しかない)
操縦席の窓から、遠くの地平線が見える。
その先にあるのは――桜花帝国との境界線。
「――敵影確認。桜花の斥候部隊だ!」
通信が入り、ロワが叫ぶ。
「蓮、周囲索敵の魔導パルスを上げろ!」
「はい!」
蓮は魔導装置に手をかざし、
術式陣に蒼光を流し込む。
【索敵出力:上昇――成功】
【敵影:7】
数値がはっきり浮かんだ。
ロワが目を見開く。
「初動でこれだけ精度を出すのは……やるじゃねえか!」
蓮は答える暇もなく、黒鋼獣が跳ねた。
その瞬間、
桜花の侍工廠部隊の影が飛び込んできた。
黒い装束。
背には機巧刀。
蒸気を纏って走る人影。
「っ……!」
侍工廠は黒鋼連邦にとって“天敵”。
近接戦で黒鋼獣に接近できる、数少ない兵種だ。
ロワが叫ぶ。
「尾部砲、冷却待ち! 今は撃てねえ!
蓮、左後方の死角に入ってる奴を読み取れ!」
蓮は咄嗟に全方位センサーを操作する。
数値が波打つ。
蒸気の乱流で索敵が乱れ――
だがその中に、ひとつだけ“不自然な動き”があった。
(……風の流れ……刃の反射……足運びが速い……!)
蓮は叫んだ。
「ロワさん! 左後方じゃない!
敵は“右後脚の影”に潜んでます!」
「――ッ!? 了解!!」
黒鋼獣が巨体をひねり、
その場で急旋回した。
機巧刀を振り上げた侍が驚愕し、
刃が空を裂く。
ロワは操縦桿を全力で引き――
黒鋼獣の脚が地面を叩き、
侍を弾き飛ばした。
蒸気が爆ぜ、砂煙が舞う。
「やった……のか……?」
蓮の全身に汗が流れた。
緊張で手が震えている。
ヘルマ中隊長の声が通信に入る。
『見事だ、蓮。
お前は――黒鋼の“目”になれる』
蓮の胸が熱くなった。
(俺……できた……)
夕凪を守れる。
朔夜を救える。
未来を変えられる。
その思いが、
黒鋼の信念と絡み合っていく。
だが同時に、ロワはぼそりと呟いた。
「なぁ、蓮……
お前、本当に“桜花側”に友達いねぇよな?」
蓮の胸が痛み、
朔夜の姿が脳裏に浮かんだ。
(……朔夜。
俺は……間違ってるのか?
でも、今は……こっちの道しかない)
蒸気の轟音の中、
蓮の初陣は静かに幕を閉じた。
それは、
朔夜の“桜雷作戦”の前夜に当たる日だった。




