第2話(裏) 『侵食する蒼 ― 黒鋼の沈黙の理由』
——蓮視点
警報が鳴り響く研究層を、蓮と真白は駆け抜けていた。
蒼光が通路の壁を照らし、
パネルの警告灯が赤から“蒼色”へと変わっていく。
それは異常の証拠。
黒鋼連邦のシステムが、明らかに“外部”から侵食されている。
「第六層の制御盤が……!
書き換えが止まらない!」
「誰がやってるんだ!?
黒鋼本部からの指示じゃないのか!?」
「違う! ログが残っていない!
“出所不明の蒼波長”だ!」
研究員たちの叫びが響く。
(やっぱり……これは“奴”の干渉だ)
蓮には、揺らぎの中心がはっきり見えていた。
蒼い脈動は扉の残響ではない。
もっと深く、もっと冷たい“意志”だ。
——見ている。
そう感じるだけで、背筋が冷たくなった。
真白が蓮の腕をつかむ。
「蓮、急ごう!
蒼化現象が広がってる……!
制御室が落ちたら、施設全体が飲まれる!」
蓮は頷き、先頭へ走り出す。
制御第六層に到達すると、
そこはすでに“蒼の霧”に包まれていた。
蒼い霧の中で、
金属パネルが粒子化して消えていく。
まるで世界の情報そのものが書き換えられるかのように。
真白が震える声で呟く。
「……こんなの、魔導現象じゃない……
情報層への“直接干渉”……
これって……」
蓮は言った。
「扉の奥の“監視者”の力だ」
その言葉に、真白の顔が凍りついた。
——監視者。
古代文明ストラタの伝承でしか聞いたことのない概念。
世界の観測者。
人類を評価し、必要なら“再構築”する存在。
蓮は蒼霧の奥へ歩いた。
(あの日……
影夕凪が統合された瞬間に、
俺は確かに“見られた”)
夕凪でもなく、朔夜でもなく。
なぜか“蓮”が最も強く反応した理由はまだわからない。
だが、確かにこれだけは感じる。
——扉の奥は“俺”に興味を持っている。
その時だった。
蒼霧の中央で、結晶パネルが光り、
電子音が響いた。
《認識――個体識別:刃向蓮。
干渉許可、暫定承認。
接続開始――》
蓮の視界が一瞬白く染まる。
「……ッ!」
真白が悲鳴をあげた。
「蓮、後ろに下がって!!
それ“接続攻撃”よ!!
精神層まで侵食される!!」
蓮は歯を食いしばり、
自分の胸に手を当てた。
胸が、熱い。
夕凪との“リンク”が共鳴している。
(……夕凪……
お前も感じてるのか?)
蒼い光が蓮の足元から上昇し、
彼の身体を包み始める。
声が聞こえた。
——“鍵ではない者。
しかし、扉を開く条件を満たす者”——
「黙れ!」
蓮は叫んだ。
「俺は……
夕凪と朔夜を巻き込むために戦ってるんじゃない。
この世界を、
お前らの勝手な判断でリセットさせるためにいるんじゃない!」
蒼光が一瞬揺らいだ。
真白が蓮の肩を掴む。
「蓮!!
意志を強く持って!
蒼の干渉は、心が弱まった瞬間に侵入してくる!!」
蓮は深く息を吸い、
胸の奥で夕凪の声を探した。
すると——
微かに、確かに聞こえた。
『れん……くん……』
夕凪の声だ。
眠っているはずの夕凪が、
蓮を呼んでいた。
その瞬間、蒼光が弾け飛んだ。
蓮はよろめきながら姿勢を立て直す。
真白が蓮を支えながら震える声で言った。
「蓮……
あなた……夕凪ちゃんと……
精神層でつながってるのね……」
蓮はうなずいた。
「……ああ。
だからこそ……
俺は戦える。
どんな監視者でも……
夕凪を“鍵”として扱うなら、
絶対に許さない」
蒼霧が少しずつ薄まり、
第六層が沈黙を取り戻していく。
だが、中央の蒼結晶からだけは
まだ脈動が続いていた。
——タン……タン……タン。
蓮の心臓と、まったく同じリズムで。
真白が不安げに囁いた。
「……蓮。
あなたは、もう後戻りできないよ」
蓮は結晶を見つめ、
低く、静かに呟いた。
「知ってる。
でも……
それでも前に進む。
夕凪の未来を守るためなら……
何度でも干渉してこい、監視者」
蒼の脈動が返すように響いた。
黒鋼連邦の沈黙は、
この地下で起きている異常のせいだった。
そして蓮はまだ知らない。
この“呼びかけ”が、
やがて朔夜と夕凪、そして大陸全体を巻き込む
第三部最大の戦争の“始まり”となることを。




