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『黒鋼ノ戦旗 ― 奪われた未来を取り戻すために』  (裏)  作者: 田舎のおっさん
第二部

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第23話(裏) 『沈む心臓階層 ― 影と願いと罪が交わる場所で』

光が収束したと思った瞬間、

蓮の身体は深い水の底へ落ちていくような感覚に襲われた。


目を開けると、そこはどこまでも暗い蒼の空間だった。


足場はなく、

上下の感覚も曖昧で、

ただ心臓のような低い鼓動が響いている。


(……ここ……どこだ……?

 真白……!?

 影夕凪……!?

 朔夜……!)


呼んでも返事はない。


ここは“個の心層”。

蓮だけが隔離された領域だった。


その静寂の中、

不意に柔らかな声が落ちてくる。


「蓮くん……」


蓮は振り返る。


そこには——

ほぼ完全な“本物”として具現化した影夕凪がいた。


揺れる髪。

震える瞳。

体温すら感じるほどの、リアル。


影夕凪は蓮の前に歩み寄り、

そっと彼の胸に手を当てた。


「どうして逃げようとするの……?

 蓮くんはずっと……“夕凪を助けたい”って思ってた。

 その願いが私を育てたのに……」


蓮は影夕凪の手を振り払おうとした。


「……違う。

 俺は夕凪本人を助けたいんだ。

 お前を本物にするつもりは——」


影夕凪の瞳に、深い影が落ちた。


「“本物じゃない”

 また……そう言うんだね……」


空気が震えた。


影夕凪の声は泣き声になっていく。


「蓮くん……

 本当は気づいてるでしょ……?

 夕凪は……壊れそうなの……

 あなたが優しすぎるから……

 全部抱え込むから……

 夕凪は泣けないんだよ……?」


蓮の胸が痛いほど締め付けられる。


影夕凪の声は、その痛みに呼応するように続く。


「蓮くんは……

 朔夜さんに嫉妬してる。

 夕凪を“奪われる”のが怖い。

 だから夕凪に必死で手を伸ばした……

 その必死さが、私を作ったの」


「……違う……!」


蓮は叫び返す。


「俺は夕凪を……ただ放っておけなかっただけだ!

 守りたかっただけだ!!

 それのどこが——」


影夕凪が蓮の胸を押し返す。


「“守りたい”はね、蓮くん……

 ときどき“依存”と同じ意味を持つんだよ?」


蓮の目が揺れた。


影夕凪は儚げに微笑む。


「夕凪はね……

 本当は蓮くんにだけ“弱さ”を見せたかったの。

 お兄ちゃんには見せられなかった。

 強くて、大きくて、完璧だから……

 甘えたら迷惑だと思ってた。

 でも蓮くんなら……って……

 夕凪は、思ってたんだよ……?」


蓮の呼吸が止まる。


夕凪の声が、遠くから微かに響く。


『……蓮……くん……

 ごめ……ん……

 わたし……もう……』


影夕凪が蓮の胸に手を添える。


「ねぇ蓮くん……

 夕凪はもう……消えかけてる。

 扉に飲まれて、意識が薄くなって……

 このままじゃ……“死ぬ”よ?」


蓮の目が大きく見開かれた。


「……夕凪が……死ぬ……?」


影夕凪は静かに頷く。


「うん。

 だからね……

 夕凪の痛みを全部抱えて生まれた“私”が……

 蓮くんのそばにいれば……

 夕凪は苦しまなくて済むんだよ?」


蓮は言葉を失った。


影夕凪の声は、優しさと狂気の境界を揺れていた。


「蓮くん……

 私を“本物”にして?」


蓮の心臓が跳ねる。


「お前を……本物に……?」


「そうすれば、夕凪は救われる。

 蓮くんは私を選べばいい。

 夕凪を苦しめずに済む。

 真白ちゃんも……悲しまない。

 蓮くんは……失わずに済むの」


蓮の身体が震えた。


胸の奥で、

黒いなにかが広がる。


(……俺さえ……夕凪の痛みを知らなければ……

 夕凪は苦しまなかった……?

 俺が優しくなければ……

 影夕凪も生まれなかった……?

 俺が……全部……悪いのか……?)


影夕凪はその動揺にそっと触れた。


「蓮くん。

 夕凪が泣いたのは……

 あなたを想っていたからだよ」


その時——


空間に深い【黒い紋】が走った。


蓮は息を飲む。


その紋の中心から、

聞き慣れた老人の声が響いた。


『……蓮……

 お前は“選んだ”のか……?』


祖父——

刃向宗六の声だった。


影夕凪がゆっくりと振り返る。


「宗六さん……

 蓮くんはね……

 今、“答え”を出すところなの……」


宗六の声は絶対的な確信を帯びていた。


『蓮。

 “鍵”の統合はすでに始まっている。

 夕凪は“影”がなければ保てぬ。

 影夕凪こそ、完全な鍵となる器よ』


蓮の喉が固まる。


影夕凪が蓮の手を取り、

優しく、しかし強く握りしめる。


「蓮くん……

 夕凪を救いたいなら……

 私を選んで……?」


蓮は目を閉じた。


夕凪の声が微かに届く。


『……蓮……くん……

 たす……け……』


影夕凪の声が甘く囁く。


「蓮くん……

 夕凪の代わりに、

 私がずっと……

 蓮くんと一緒にいるよ……?」


朔夜の怒り、

真白の涙、

夕凪の苦しみ、

影夕凪の願い、

宗六の思惑。


全部が蓮の心を引き裂く。


(……俺は……

 何を……選べば……)


光が弾ける。


蓮の目が開かれた瞬間——

扉は“最終階層”への道を示した。


その道の名はただひとつ。


《選択》


第二部、終わりが迫る。

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