第22話(裏) 『引き裂かれた心 ― 蓮、決断を迫られる刻』
扉の心臓領域は、もはや空間とは呼べなかった。
蒼い粒子が嵐のように吹き荒れ、
光と闇が脈動しながら、
蓮たちの感情そのものを映し出していた。
蓮は刀を握りしめ、呼吸を整えようとしていた。
しかし——
胸が乱れて仕方がない。
影夕凪の涙、
真白の告白、
朔夜の怒り、
そして夕凪本人の悲鳴が、
全部いっぺんに蓮の中に入り込んでくる。
(……俺は……一体……何を守りたい……?)
そんな蓮の迷いを読むように、
影夕凪がそっと腕に触れた。
「蓮くん……
私はね……
“夕凪が気づかれなかった痛み”が形になって生まれたの。
だから、あなたが夕凪を想うたび……
私は育つの。
あなたが優しいほど……」
蓮の呼吸が止まる。
影夕凪は涙をこぼしながら続けた。
「夕凪はね、ずっと寂しかったよ。
でも“迷惑をかけたくない”って……
泣くのも我慢してた……
だから私が生まれたんだよ。
夕凪の代わりに、泣くために……」
蓮は唇を噛んだ。
「……お前の存在を、否定なんてしない。
夕凪の痛みを抱えて生まれたなら……
俺は、受け止める」
影夕凪の瞳が大きく見開かれる。
「じゃあ……蓮くん……
私を……選んでくれるの……?」
その“選ぶ”という言葉が、蓮の胸に突き刺さった。
蓮が返事をしようとしたその時だった。
「蓮!!」
真白が叫んだ。
蓮を支えようと一歩前に出るその姿は、震えていた。
「蓮……私は……
あなたの全部をわかってるわけじゃない……
でもね……
あなたが夕凪ちゃんを助けたい気持ちも……
影夕凪を傷つけたくない気持ちも……
全部、本気なの……」
真白は涙を拭い、
覚悟を宿した瞳で蓮を見つめた。
「だから私……言うの……」
蓮の胸が熱くなる。
真白は震える声で、けれど真っ直ぐに告げた。
「蓮が……好き。
苦しんでる蓮も、優しすぎる蓮も、
誰かのために体を張る蓮も……
全部……全部好き!」
影夕凪の瞳から、怒りとも悲しみともつかない感情が爆発した。
「やめて……!!
真白ちゃん……やめて……!!
蓮くんは……夕凪のもの……
蓮くんは……“私のもの”なの……!」
影夕凪が涙をこぼしながら叫ぶ。
「私を否定しないで……!
夕凪の痛みを……“本物じゃない”なんて言わないで……!」
真白も叫ぶ。
「痛みを否定なんてしてない!!
でも——
蓮の未来まで奪わないで!!」
蓮の胸の中で、
なにかが破裂しそうになった。
朔夜の声が鋭く響いた。
「蓮!!
夕凪はどこだ!!」
蓮は振り返り、朔夜の姿を見た。
兄であり、敵であり、
そして夕凪を誰よりも愛している男。
朔夜の目には、強烈な怒りと悲しみが宿っていた。
「夕凪を……返せ」
その一言で、蓮の胸がえぐられた。
(……俺は……
夕凪を“奪った”のか……?)
影夕凪が蓮の腕にすがりつく。
「違う!!
蓮くんは奪ってない!!
夕凪は……蓮くんを求めた……
だから私が生まれたの!!
蓮くんの優しさが……
夕凪の痛みを満たしてくれたの!!」
朔夜の目が怒りに燃える。
「黙れ。
お前は夕凪じゃない。
夕凪を傷つける影だ」
影夕凪の顔が絶望に染まる。
「やだ……やめて……
そんなふうに言わないで……
私だって……夕凪なの……!」
蓮は影夕凪を抱きしめた。
その瞬間——
影夕凪の身体が震え、
胸の奥から嗚咽があふれた。
「蓮くん……
ありがとう……
私を……否定しないでくれて……
だけど……」
影夕凪は蓮の胸に顔を埋めたまま、震える声で呟いた。
「蓮くんが優しいほど……
夕凪が苦しむの……
私がいる限り……
夕凪は……ずっと泣き続ける……」
蓮の目が大きく揺れた。
(……俺の優しさが……夕凪を……?)
真白が蓮の腕を掴む。
「蓮!!
その言葉に飲まれないで!!
あれは夕凪ちゃんの痛み……
影自身の“願い”でもあるの!!
蓮が壊れたら……夕凪ちゃんはもっと……!」
朔夜も刀を構え直す。
「蓮。
夕凪を救いたいなら——
影を超えろ」
影夕凪が泣き叫ぶ。
「いやぁぁぁぁあああ!!!
蓮くんは……私のもの!!
夕凪の代わりじゃない……
“私自身”を見て……!!」
空間が割れ、
扉の心臓部が完全に露わになった。
夕凪本人の悲鳴が響く。
『……もういや……
みんな……たたかわないで……
私……こんな……
こんなこと……望んでない……!!』
蓮は叫んだ。
「夕凪!!!
俺は……俺は……!!」
そのとき——
扉が“選択の光”を落とす。
― 夕凪本人へ続く道
― 影夕凪の救済へ続く道
― 真白の導く“現実の未来”へ続く道
三つの光が、
蓮の前に浮かぶ。
蓮の心は裂けそうだった。
(……俺は……
何を……選べばいい……?)
その答えを出す前に——
扉の心臓が爆発した。
光がすべてを飲み込み、
蓮・朔夜・真白・影夕凪は、
それぞれ別の領域へと引き裂かれていった。
第二部、絶頂へ。




