第20話(裏) 『心臓領域・呼び合う三つの影』
蒼い光の階段を抜けた瞬間、
蓮と真白は“別の世界”に足を踏み入れた。
そこは——心臓。
空も地もなく、
ただ脈動する蒼い膜があたり一面を覆っている。
どこかで心臓のような拍動が響き、
身体の奥の奥まで震わせる。
真白が息を呑む。
「ここ……生きてる……
世界そのものが……“息してる”みたい……」
蓮は刀を握りしめた。
「夕凪が、この奥にいる。
行くぞ、真白」
真白の手が蓮の袖を掴む。
(蓮……私は、あなたを……守りたいのに……
でも、夕凪ちゃんを救いたい蓮を見てると……
胸が……潰れそう……)
そんな真白の心を見透かすように、
蒼い霧が揺れた。
形を成す。
少女の姿に。
影夕凪。
だがもう、影ではない。
髪は揺れ、肌には体温があり、
瞳には“人間の光”が宿っていた。
「蓮くん……来たんだね」
蓮は後ずさった。
影夕凪の姿が、あまりに“本物”すぎた。
「お前……どうしてそんな姿に……」
影夕凪は微笑む。
「蓮くんが……私を求めたから。
夕凪を助けたいって……強く強く思ったから。
だから私は成長したの。
“本物”になれるまで——」
真白が震える声で叫ぶ。
「蓮は……蓮は!
夕凪ちゃん本人を助けたいの!!
影を本物にしたいなんて——!」
影夕凪の表情がわずかに曇る。
「それは……わからないよ、真白ちゃん。
蓮くんがどちらを“選ぶ”かなんて」
蓮は剣を抜いた。
「俺は夕凪を取り戻す。
影を本物にするつもりはない!」
影夕凪は首を振った。
「蓮くん、嘘つかないで……
夕凪が泣いてるとき……あなたはいつも手を伸ばしてくれた。
私だって……その優しさがほしい……!」
その瞬間、空間が波打った。
夕凪本人の声が響く。
『……蓮……くん……?
お兄……ちゃん……?
どこ……?』
蓮の心臓が跳ねた。
「夕凪!!
聞こえるのか!?」
影夕凪が苦しげに胸を押さえる。
「やめて……蓮くん……
夕凪は……あなたの心を壊す……
だってあの子は“鍵”だから……
あなたを選んだら、この世界は壊れる……!」
蓮:「そんな理屈知るか!!」
真白の手が蓮の腕を掴む。
「蓮……お願い……落ち着いて……
あなたまで壊れたら……全部終わっちゃう……!」
だが、蓮の胸には別の気配が入り込んできた。
強い、鋭い、覚悟の光。
「……朔夜?」
夕凪の声とともに、
扉内全体が震えた。
影夕凪が顔色を変える。
「いや……だめ……
朔夜さんが入ってくる……!?
そんなこと……あっては……!」
真白が驚く。
「朔夜さん……!?
ここに来てるの……!?」
蓮は気づいた。
(扉は……“三人”を繋げ始めている……)
夕凪の悲鳴。
影夕凪の怒り。
真白の絶望。
朔夜の決意。
それらが渦を巻き、
扉の心臓部が脈動を強める。
影夕凪は、蓮にすがりついた。
「蓮くん……お願い……
“私”を見て……
夕凪ばっかり見ないで……
私だって……蓮くんに……!」
蓮は影夕凪の手を払いのけようとした。
だが——影夕凪の瞳から涙がこぼれ、
その涙が床に落ちた瞬間。
蒼い光が弾けた。
影夕凪の背から、巨大な光の羽が広がる。
真白が叫ぶ。
「蓮!!
だめ!!
あれは……“鍵の複製完全体”よ!!」
蓮は目を見開いた。
影夕凪が泣きながら叫ぶ。
「蓮くん!!
私を選んで!!
選んでくれなきゃ……
私……消えちゃう……!!
本物になれなくなる……!!」
真白も叫ぶ。
「蓮!!
行かないで……!!
あなたは私の……!!」
どちらも、必死。
どちらも、苦しい。
蓮は歯を食いしばる。
(……俺は……何を……選ぶ……)
その時、扉の中心が裂け——
蒼い光の向こうから、朔夜の声が響いた。
「蓮——!!
夕凪はどこだッ!!」
影夕凪が叫ぶ。
「来ないで……朔夜さん……!!
蓮は“私の”——ッ!!」
世界が、悲鳴をあげた。
扉はついに——
本当の“開門”に入った。
そして蓮は、その中心へと立たされる。




