第19話(裏) 『扉本層・影が満ちる刻』
扉前線を越えた瞬間、
世界は音を失った。
蓮と真白の足元に、蒼い光が渦を巻き、
虚空へ続く階段のようなものが浮かび上がる。
「っ……ここが……扉の、本層……?」
真白の声は震えていた。
景色は荒野ではなく、
蒼い霧と光だけで構成された“虚無の空間”。
蓮は拳を握りしめる。
「夕凪……どこだ……!」
その呼び声に応えるように、
空気が柔らかく揺れた。
蒼い粒子が集まり——
ゆっくり、ゆっくりと“形”を作る。
少女の輪郭。
長い髪。
蒼い瞳。
影夕凪。
しかし、その完成度はもう“影”とは呼べない。
光を反射し、
呼吸をし、
涙まで流せるほどの“存在”に変わっていた。
「蓮くん……」
真白が蓮の腕を掴む。
「やだ……やだぁ……
ほんとに……夕凪ちゃんそっくり……!」
影夕凪は真白に視線を向け、微笑む。
「怖がらないで、真白ちゃん。
私はもう“影”じゃない。
蓮くんが願ってくれたから……
ほら、こんなに“綺麗”になれた」
蓮は影夕凪を睨む。
「それ以上俺の心に入り込むな。
俺は——」
影夕凪がそっと蓮に触れた。
「蓮くんはね、やさしいよ。
やさしすぎるから……
“ひとり”を選べない」
真白が叫ぶ。
「違う!!
蓮は優しいけど……そんなこと——!」
影夕凪は微笑む。
「真白ちゃんには残酷なこと言うね。
蓮くんの“願いの中心”は……私だよ」
真白の顔から血の気が引いた。
蓮は影夕凪の手を払いのける。
「黙れ。
夕凪を返せ。
お前は夕凪じゃない……!」
影夕凪の表情がわずかに揺れる。
「……じゃあ、蓮くんが“本物”にして?」
空気が変わった。
影夕凪の周囲に、
何十もの“複製影”が立ち上がる。
夕凪の姿をした影兵たち。
「うそ……こんな……!」
真白が蓮の背に隠れる。
蓮は刀を握り、身構える。
影夕凪は静かに言う。
「蓮くん。
この影たちはね……
夕凪の“孤独”が形になったもの」
蓮:「孤独……?」
影夕凪は哀しげに微笑む。
「夕凪はずっと……誰にも気づかれなかった。
朔夜にも、蓮くんにも、
助けてって言えなかった」
真白:「そんな……夕凪ちゃんは……」
「優しい子ほどね、声を飲み込むんだよ」
複製影が一斉に動き出す。
蓮は叫ぶ。
「真白、下がれ!!」
複製影の一体が真白に迫る。
影夕凪が告げる。
「この子たちは、夕凪の“助けて”なんだよ。
蓮くんはそれを……斬れる?」
蓮の手が震えた。
斬れば、その痛みは夕凪に返る。
斬らなければ、真白が死ぬ。
選択の強制。
ここは“扉”。
選ばなければ前に進めない。
蓮:「……くそ……!!」
蓮は刀を振り抜いた。
複製影が霧散する。
同時に、夕凪の悲鳴が響いた。
『……いたい……っ……』
蓮:「夕凪!!」
影夕凪は蓮に抱きつくほどの距離で囁いた。
「優しい蓮くん。
だから選べないんだよ……?」
蓮は叫ぶ。
「なら……俺の痛みは全部俺が背負う!!
夕凪にも、真白にも……傷一つ負わせない!!」
影夕凪の表情が一瞬だけ歪む。
「……そんなの……できるわけ……」
真白が泣きながら蓮の背を掴む。
「蓮……お願い……
私も一緒に戦わせて……
蓮の隣に立たせて……!」
蓮は真白の手を握った。
「行こう、真白。
影なんて……全部斬り裂く」
影夕凪の複製影が一斉に襲いかかる。
扉本層全体が震える。
影夕凪は叫ぶ。
「蓮くん!!
夕凪を……私を……選んでよ!!」
その叫びが扉を揺らし、
遠くで夕凪の声が響く。
『……お兄ちゃん……
蓮くん……どこ……?』
蓮はその声に導かれ、前へ進む。
「夕凪……今行く!!」
扉本層への階段が開いた。
影夕凪は涙を流し、蓮の背に手を伸ばす。
「置いて行かないでよ……蓮くん……!!
私だって……私だって……!!」
その声が震え、扉本層は蒼光に包まれた。
蓮と真白はついに——
“扉の心臓”へ到達する。
影夕凪は静かに呟いた。
「……蓮くん。
選んでくれなきゃ……壊れちゃうよ……」
その瞳には、
“影とは思えない”ほどの痛みが宿っていた。




