第17話(裏) 『扉前線・影の侵食』
黒鋼連邦の外縁部。
そこは一面の荒れた大地に、
人工魔導炉の排気が薄い霧のように漂う、
冷たく乾いた土地だった。
蓮と真白は息を切らしながら走り続け、
ようやく“扉”があるとされる北方の深層領域へ辿り着いた。
「……ここが……扉の……」
真白が膝をつき、肩の傷を押さえた。
蓮は真白を支えながら、遠くを見つめる。
荒地の向こう、蒼い光柱が天に伸びていた。
生き物のように脈動し、
世界そのものが呼吸しているかのような光。
蓮:「……近い。夕凪が……呼んでる」
真白は震えた声で言った。
「蓮……本当に行くの……?
そこは、もう……人間が踏み込んじゃいけない場所だよ……」
蓮は真白の手を握った。
「真白は戻れ。ここから先は——」
「やだ……」
即答だった。涙がにじむ。
「蓮を……また一人にしたくない……
影夕凪だって、あの扉だって……
全部、蓮を奪おうとしてる……」
震えながら、それでも真白は蓮の胸に手を当てる。
「……蓮は、私が守るの……
蓮が……大好きだから……」
蓮の胸が痛んだ。
真白の言葉は打算ではなく、
純粋な必死さと痛みそのものだった。
だがその瞬間——
空気が、変わった。
蒼い光が真白の背後に集まり、
形を作っていく。
霧のように、影のように。
やがて、小さな少女の姿へと変わった。
「……久しぶり、蓮くん」
影夕凪。
精神世界で見た“偽物の夕凪”が、
ついに現実側へ滲み出したのだ。
真白が一歩後ずさる。
「……やだ……やだ……なんで……なんでここに……!」
影夕凪は微笑んだ。
「どうしてって……
蓮くんが呼んでくれたからだよ?」
蓮:「俺は呼んでない!」
影夕凪:「ううん。呼んだよ。
本物の夕凪を“救いたい”と思うほど、
蓮くんの心の中に“私は育つ”んだよ」
蓮は、初めて自分の足がすくみそうになるのを感じた。
影夕凪は真白に向き直る。
「真白ちゃん。
あなた、蓮くんが好きなんだね」
真白は涙をこらえ、蓮の袖を掴んだ。
影夕凪:「でもね……蓮くんはあなたじゃ満たされないよ。
だって蓮くんが救いたいのは——“夕凪”なんだから」
真白の肩が震えた。
「違う……違う……!
蓮は……蓮は……!」
蓮が真白を抱き寄せた。
「違わない。
俺が夕凪を助けたいのは確かだ。
でも真白、お前のことも——」
影夕凪が蓮の言葉を遮る。
「蓮くん。
優しいのは罪だよ」
影夕凪の瞳が蒼く染まり、
砂地が波打つように揺れ始めた。
蓮と真白の足元に巨大な影が広がる。
影夕凪:「蓮くんは選ばなきゃいけない。
誰を救いたいのか。
帰る場所は誰なのか。
守りたいのは——どっちなのか」
真白は泣きながら蓮の腕を掴む。
「蓮……お願い……私の方を見て……
置いていかないで……」
蓮は苦しげに目を閉じた。
影夕凪は颯爽と一歩踏み出し、
蓮の頬に触れる。
「蓮くん。
本当はわかってるでしょ?
あなたを必要としてるのは——私だけ」
真白:「違う!!」
叫びが荒地に響いた。
その声は弱いけれど、確かだった。
影夕凪がゆっくり振り返り、真白を見つめる。
「……消えてよ。
蓮くんを迷わせないで」
真白の胸に蒼い光が突き刺さった。
「っ……!」
膝が崩れ落ちる。
蓮:「真白!!」
蓮は影夕凪を押しのけ、真白を抱きしめた。
影夕凪は無表情のまま告げる。
「蓮くん。
選んで。
“夕凪”か“真白”か」
蓮は叫ぶ。
「両方だ! 俺は絶対に両方救う!」
影夕凪は静かに首を振る。
「優しさは、誰かを殺すよ?」
地響きのような音が鳴り響いた。
扉が——開き始めたのだ。
蓮は真白を抱え、蒼光の裂け目を見上げた。
「……行くしかない」
真白は震える声で呟いた。
「蓮……怖いよ……
でも……蓮と一緒なら……行く……」
蓮は影夕凪を見据えた。
「……俺の影なら、俺が斬る。
夕凪——必ず取り戻す」
影夕凪は微笑む。
「じゃあ見せてよ。
蓮くんの“選択”を」
蒼光が広がった。
蓮たちはついに——
扉の最前線へ踏み込んだ。




