第16話(裏) 『影の侵食/刃向の血は囁く』
蓮は、黒鋼連邦の地下施設の奥にある、
古い保守区画に身を潜めていた。
真白の肩の傷は深く、
応急処置をしながら蓮は冷たい汗を流す。
真白の白い指が、蓮の服の袖を掴んでいた。
「……蓮……どこにも行かないで……」
震えていた。
恐怖ではない。
失うことへの怯えだった。
蓮:「行かない。行かないから……」
だがその言葉は、
今の蓮が抱えている“影”によって揺らいでいた。
——夕凪を救いたい。
——朔夜も救いたい。
——真白も見捨てたくない。
だが影夕凪は、蓮の心に問い続けていた。
「ねぇ、蓮くん。
あなたが救えるのは——一人だけだよ?」
蓮は頭を振る。
真白の手が、蓮の手を強く握った。
「……蓮……聞いて……
あなたは……誰より優しいけど……
優しさだけじゃ……死んじゃうよ……?」
蓮:「……真白……?」
真白の目は涙で滲んでいたが、
言葉ははっきりしていた。
「影機関で……何十人も死んだよ……
“扉計画”のために……
夕凪ちゃんのせいじゃない……
でも……あなたが動かなきゃ……
もっと、もっと……」
真白の声は震えていた。
「蓮……お願い……
あなたが……選ばなきゃ……
“守りたい人”を……誰なのか……」
その瞬間、背後から低く笑う声が響いた。
「——選べぬからこそ、弱いのだよ」
蓮の背筋が凍りついた。
そこに立っていたのは、
黒鋼連邦の裏支配者——刃向 宗六。
真白の顔から血の気が引く。
「おじい……ちゃん……」
宗六はいつもの柔らかな笑みを浮かべながら、
蓮と真白の間に視線をすべらせた。
「蓮。
お前は“刃向”の血を継いでおきながら、
いまだに未練がましいな」
蓮:「宗六……」
宗六は歩み寄り、蓮の頬に軽く触れた。
「影の揺らぎが強まっておる。
お前の精神は、すでに“扉”に届き始めている。
つまり……“鍵の扱い手”に近づいておるのだ」
真白は震えながら蓮の前に立つ。
「おじいちゃん……やめて……
蓮は……蓮は……!」
宗六は真白に触れず、静かに言った。
「真白、お前もだ。
刃向の血を継ぐならば、蓮の選択を邪魔するな」
真白:「……っ!」
蓮の表情が一瞬怒りに染まる。
「やめろ、宗六ッ!!
俺はもう……お前の計画になんて乗らない!」
宗六はゆっくり笑った。
「蓮。
お前は“選ばねばならん”。
夕凪か。
朔夜か。
真白か。
……そして世界か」
宗六は蓮の胸に指を置き、その心臓の鼓動を感じ取った。
「影は、お前の“願望”を映す。
今はまだ形になっておらんが……
やがて影夕凪は“本物”を喰うぞ」
蓮の顔から血の気が引いた。
宗六は囁く。
「夕凪は、お前の心の依代になりつつある。
あとは少しの刺激で……」
蓮は宗六の手を振り払った。
「黙れ……!
俺は……俺は絶対に夕凪を——」
宗六の瞳が薄く光った。
「では証明してみせよ。
“正しい選択”をな」
影夕凪の声が、蓮の脳内に響く。
「ねぇ蓮くん……
私を選んでよ」
真白の声も、蓮の肩を掴む。
「蓮……私を置いて行かないで……
お願い……!」
宗六は背を向ける。
「扉の震動はもうすぐ極限に達する。
お前たちの選択が……世界を決める」
そして闇に消えた。
残された空間で、蓮と真白はしばし動けなかった。
真白は蓮の胸に顔を埋め、小さく呟く。
「蓮……あなたは……どうしたいの……?」
蓮は答えられない。
夕凪の声が、再び囁く。
『……蓮くん……』
その声は甘く、悲しく、優しく——
蓮の心の弱い部分に響く。
蓮は震える拳を握った。
「……選ぶ……
この俺が……必ず……選んでみせる」
真白はその言葉を聞いて、
目を閉じて小さく微笑んだ。
涙を流しながら。
◆
蓮は立ち上がる。
「夕凪を救う。
朔夜も。
真白、お前も。
宗六の計画も……全部ぶっ壊す」
真白:「蓮……!」
その瞬間、蒼光が地下を貫いた。
結界が——揺れたのだ。
蓮は確信した。
「夕凪が……呼んでる……!」
蓮は真白の手を握り、
揺れる蒼光の裂け目へと走り出した。
——影夕凪と対峙するために。
そして、朔夜と同じ場所に辿り着くために。
第二部は、いよいよ“扉戦線”へ向かう。




