第15話(裏) 『精神世界の囁き』
刃向蓮は、気がつくと“音が消えた”世界に立っていた。
黒鋼連邦の地下施設を逃げ出し、影機関の追跡を振り切った直後だった。
血を流し、息を切らし、走り続けていたはずなのに——
次の瞬間には深い蒼の霧の中にいた。
「……ここは……」
足元が、水面のように揺れる。
空も地も境界が曖昧で、上下も分からない。
——精神世界。
蓮は直感した。
夕凪の心と扉の“揺れ”に引っ張られたのだ。
「夕凪……どこだ……」
呼びかける声は、霧に吸い込まれたように薄れる。
蓮は歩き出した。しかし足音が響かない。
音がない世界。
存在すべてが、蒼の息に包まれているようだった。
霧の向こうで、小さな光が揺れた。
——チリッ。
白い粒子が散った瞬間、蓮はその光を見た。
少女が立っていた。
銀色の髪。
蒼い瞳。
泣き出しそうな笑顔。
夕凪——に、見えた。
だが違う。
その瞳の奥に、人のものとは違う“何か”が潜んでいた。
「蓮くん……」
その声は、あまりに柔らかく、あまりに甘く、あまりに危険だった。
蓮:「……お前は、夕凪じゃないな」
少女は首をかしげた。
「夕凪だよ。
だって……蓮くんが望んだんでしょ?
本当の夕凪より、ずっとあなたを見てくれる……
そういう“夕凪”を」
蓮は呼吸を止めた。
影夕凪はゆっくり歩み寄り、蓮の胸に触れた。
「ねぇ、蓮くん。
どうして……夕凪を攫ったあの日、
お兄ちゃんじゃなくて、“私”を選んでくれなかったの?」
蓮:「やめろ……!」
影夕凪は微笑む。
「蓮くんは、夕凪を救ったんじゃない。
夕凪に“必要とされたかった”だけ」
蓮の胸に、鋭い痛みが走る。
夕凪の本心を暴くような声。
それとも、蓮自身が隠していた醜さなのか。
影夕凪は蓮の背に腕を回し、囁く。
「ねぇ、蓮くん。
あなたは本当は……誰を救いたいの?」
蓮:「……俺は……!」
そのとき——。
霧が裂けた。
「蓮!!」
切り裂くような少女の叫び。
鋭い足音。
白銀の髪が揺れ、影世界に飛び込んできた影。
刃向 真白。
肩に深い傷を負いながら、必死に走ってくる。
「どこ……どこ行ってたの……蓮……!」
涙で濡れた顔。
それを見た瞬間、影夕凪の笑みが消えた。
「……邪魔、しないで」
影夕凪の声は冷え切っていた。
霧が鋭い刃のように真白へ伸びる。
「っ……!」
真白は小刀を構えるが、影の足音一つなく背後へ回り込まれる。
「蓮くんは、夕凪を選ぶの。
あなたじゃない」
その一言で、真白の心が砕けたのがわかった。
「……そんなの……っ!
わたしだって……蓮を……!」
影夕凪は首をかしげる。
「蓮くんはね、優しいんだよ。
でもね——優しい人ほど、誰も救えないの」
蓮:「やめろ!!」
叫びが世界に響いた。
蓮は真白を抱き寄せ、その前に立ちはだかった。
影夕凪は表情を変えず、蓮の目を見つめる。
「蓮くん。
選ばなきゃいけない時が来るよ。
朔夜か。
夕凪か。
真白か。
……それとも、世界か」
世界が軋むような音がした。
影夕凪は霧と共に消え、蒼い光を残した。
「また会おうね。
蓮くんの“願い”の形を——見せてあげる」
霧が崩れ、精神世界が揺れる。
真白は蓮の胸に顔を埋め、小さく泣いていた。
「……置いて、いかないで……
蓮……お願い……」
蓮は真白の背に手を回し、震える声で答えた。
「置いていかない……
必ず……守る……」
だが蓮は知っていた。
守ると口で言うほど簡単ではないことを。
誰かを守れば、誰かを傷つける。
影夕凪の言葉は、その残酷な真実を突きつけてきた。
精神世界が砕け、現実へ戻る瞬間——
遠くで夕凪の悲鳴が響いた。
「お兄ちゃん……!」
蓮の心臓が止まりそうになる。
「……夕凪!」
世界が完全に裂けた。
蓮は真白を抱えたまま、蒼光の裂け目へと飛び込む。
——夕凪を救うために。
朔夜と再び並ぶために。
そして真白を置き去りにしないために。
第二部の波は——ここからさらに深まっていく。
読んでくださって、ありがとうごさいます。
こちらは黒鋼連邦から見た“裏の戦場”。
蓮の揺れる正義や、黒鋼の影の動きまで追っていただけて嬉しい限りです。
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これからも蓮の選ぶ未来と、黒鋼連邦の闇を
一緒に追いかけてもらえたら嬉しいです。
次の更新でまたお会いしましょう。




