第14話(裏) 『影機関、狩人を放つ』
黒鋼連邦の夜は、桜花の静寂とは異なる。
巨大な模造炉の轟音が絶えず響き、
都市全体が鉄の心臓のように脈打っていた。
蒼光が世界を照らした日から、影機関は騒然としていた。
だが蓮には、その騒がしさが足音のように聞こえていた。
——じいちゃんは、もう俺を切り捨てるつもりだ。
宗六が口にした“初期化”。
夕凪を“装置”として扱う計画。
蓮の胸は焼けた鉄のように痛んだ。
扉の廊下を歩きながら、蓮は小さく呟く。
「……夕凪も、朔夜も……俺は、二度と裏切らない」
その決意を嘲笑うように、
影機関のアラートが白く点滅した。
《緊急通達:刃向蓮・拘束命令発令》
蓮の足が止まる。
《理由:扉計画の阻害因子と判断》
《影機関、至急包囲を開始せよ》
空気が変わった。
影機関の研究員たちが振り返る。
数名の暗部隊員が無言で武器を構える。
そして——静かに一人の少女が姿を現した。
淡い銀髪。
影機関の黒装に身を包み、
琥珀色の瞳が揺れていた。
刃向 真白。
蓮と同じ“刃向”の血を引く少女。
蓮が幼い頃から、影機関の片隅で共に育った存在。
真白は小刀を持ち、蓮へ一歩近づく。
「蓮……拘束命令が出たの。
……あなたを止めなきゃいけない」
蓮:「真白。どけ。俺は——」
真白:「行かないで」
その声は震えていた。
小刀を握る手も、足も。
「あなたがいなくなったら……
私、本当に一人になっちゃうから……」
蓮は胸が締め付けられるのを感じた。
——真白。
——お前もまた、じいさんに囚われてきたんだな。
蓮は一歩近づき、小刀を掴んだ。
「真白、俺はお前を捨てない。
だが今は立場が違う。
夕凪を……夕凪を救わなきゃいけない」
真白は顔を上げる。
瞳の奥で、何かが砕ける音がした。
「……どうして、私じゃないの?」
蓮:「……」
「ずっと隣にいたのは私だよ……?
ずっと、あなたのこと……」
影機関の暗部隊員たちが構える。
宗六の影がこの廊下中に漂っているようだった。
真白は涙を堪え、小刀を構えなおす。
「蓮……行かせない。
命令に逆らえば、私が処分される。
だったら……あなたを止めるしかない」
真白は走り出した。
蓮へ向かって——自分の運命へ向かって。
金属音が響く。
蓮は真白の腕を掴み、小刀を奪い、壁へ押し付ける。
真白の呼吸が乱れた。
「蓮……苦しい……」
「済まない。
でも俺は進む。お前を見捨てないためにも」
蓮は小刀を床に落とし、真白から離れた。
だが、その瞬間——
背後から影が襲いかかった。
影機関の暗殺部隊。
五人同時の殺気が蓮を貫いた。
「蓮! 危ない!」
真白が叫び、間に飛び込んだ。
刃が真白の肩を切り裂く。
血が散った。
蓮:「真白!!」
真白は膝をつきながら、蓮の背中に手を伸ばす。
「……逃げて……蓮。
私のために……生きて……」
蓮は彼女を抱きかかえ、叫んだ。
「真白……! すまない。
必ず、迎えに来る」
真白の瞳がわずかに揺れた。
「……うそつき……」
その言葉で、蓮の胸はもっと深く裂けた。
蓮は真白をそっと床へ下ろし、
影機関の追跡を振り切るように走り出した。
警報が鳴り響く。
《刃向蓮、脱走!》
《全隊、至急包囲せよ!》
影機関の闇が一斉に動き始める。
蓮は叫びのように息を吐き、走り続けた。
——待ってろ、朔夜。
——夕凪。真白、お前も。
「俺が全部……終わらせる」
黒鋼連邦の地下に、蓮の足音が響く。
その背中に、真白の涙が落ちた。




