9話 背中で支える刃 ― 影風谷の死闘
暴走装兵の赤い眼光が一斉に光った。
ギュイイイイイ――ッ!!
谷の霧を吹き飛ばすほどの咆哮。
蒼光に照らされた鋼の群れは、
生き物のように蠢き、蓮の前へ殺到してくる。
蓮は短剣を逆手に持ち、
深く息を吐いた。
(来い……
お前らは全部……
俺が受け持つ!!)
朔夜たちが走り抜けていく後ろ姿が見えた。
その背中をもう一度だけ確認すると、蓮は地を蹴った。
◆ 暴走の群れとの死闘
最初の装兵が突進する。
蓮はギリギリで頭を下げ、
刃を鎖骨下に滑り込ませる。
ガッ!!
動力管を断つと、装兵は火花を散らして崩れた。
しかし次の個体がすぐ迫る。
(数が多すぎる……!)
刃がぶつかるたび、
腕に鈍い痛みが走る。
装兵は“殺すだけ”を目的にした動きへ変質していた。
熟練の兵でも数分保つかどうか。
蓮は刃を跳ね上げ、
二体目の装兵の目を潰す。
蒸気が噴き出し、金属が悲鳴を上げる。
だが、あと十体は残っている。
さらに遠方から影機関の機動部隊まで接近してきていた。
(くそ……
影機関まで来たら、朔夜たちは挟撃される!)
蓮は手を伸ばし、装兵の腕をつかむと――
ガンッ!!
そのまま“盾”にして突進した。
装兵同士が衝突し、火花が谷を照らす。
蓮は己の身体も酷く傷つけながら、
ただ一つだけを考えていた。
(俺は……ここで退けない!!
朔夜たちを……夕凪を……行かせるんだ!!)
血が手首を伝う。
視界が揺れる。
それでも――蓮は後ろを振り返らなかった。
◆ 影機関が動く
谷の上部。
影のように黒衣の兵が配置されていく。
影機関の副査が、蓮の戦いを見下ろしながら呟いた。
「刃向蓮……
動きがおかしいな」
別の影が答える。
「暴走装兵を指揮せず、単独で止めている……
妙だ。
まるで“桜花側を通す”ような……」
蓮は気づいていた。
(……見られている)
影機関の殺気は刺すように伝わってきた。
宗六が微かに口角を上げる。
「蓮や。
お前はどちらへ転ぶ?」
蓮は返事をしない。
ただ装兵を切り伏せる。
霧が血の匂いで重くなる。
◆ 蓮の胸を裂く声
その時――。
谷奥の蒼光が、
蓮の心臓を握りつぶすような声を運んだ。
『……いやだ……
こわいよ……
お兄……ちゃん……蓮……くん……』
夕凪の声。
直接、心の奥に響いてくる。
あまりにか細く、震えた声。
蓮は装兵の一撃を肩で受けた。
鋼が肉を裂き、熱い血が流れ落ちる。
だが痛みよりも――
夕凪の恐怖のほうが、圧倒的に胸を刺した。
(夕凪……!!
待ってろ……!
もうすぐ……!!)
蓮は叫び声を抑え、
装兵の胴体に渾身の蹴りを叩き込む。
ガンッ!!
装兵は岩壁にめり込み、沈黙した。
息が荒い。
視界が滲む。
(……限界が近い)
だが足は止まらない。
◆ 核心へ走る影
その時、谷の奥――
朔夜たちが走る姿が一瞬見えた。
明朱が蒼光を手前に弾き飛ばし、
伊吹が振り返って蓮に叫んだ。
「蓮!!
死ぬな!!」
鷹守が短く言う。
「――任せたぞ」
蓮は、それを聞いて笑った。
(……ああ。
任せろよ……
俺は、お前らの背中を守る刃だ)
そして蓮は、最後の装兵へ踏み込む。
◆ 結界内部 ― 夕凪の視点
同じ頃、
蒼光の中心。
夕凪は両手で耳を覆っていた。
声が……流れ込んでくる。
怒り、悲しみ、欲望。
黒鋼の渇望。
古代の記憶。
「……いやだ……
こんなの……
聞きたくない……」
結界の内側で、
夕凪は小さく震えていた。
視界が歪む。
蒼光が涙で揺れる。
「お兄ちゃん……
れん……くん……
どこ……?」
遠くで金属音が響く。
彼らが戦っているのが分かる。
朔夜も蓮も、自分のために傷ついている。
夕凪は震える手を胸に当てた。
「……行っちゃ……だめ……
でも……
もう……限界……」
結界の心臓部が軋む音がした。
ヒビが走る。
◆ 扉が開く気配
再び谷へ。
蓮は最後の装兵を倒し、
地面へ膝をついた。
血が地面に落ちるたび、蒼光が小さく震える。
(……終わった。
朔夜……急げ……)
その瞬間――
谷奥が轟音を立てた。
グワァァァァァン――!!
巨大な“扉”の心臓部が、蒼光の向こうで脈動した。
霧が裂け、地面が震える。
影機関の兵が騒ぎ始めた。
「扉の反応が……!
急上昇!!」
「核心部が……開きかけている!!」
蓮は顔を上げた。
視界の奥で朔夜たちが走る。
(夕凪の元へ……!!
頼む……間に合ってくれ……!)
宗六の低い声が谷に響いた。
「――開くぞ。
“扉”が。」
蓮の背筋に寒気が走った。
(朔夜……
急げ……
お前だけが……
夕凪を止められる……!!)
蒼光が爆ぜる。
谷が揺れる。
扉が――
“開きかけていた”。
(つづく)




