8話 選択 ― ねじれた刃の先で
蒼光が谷を裂いた瞬間、
蓮の鼓動は乱れていた。
ズギィィィン――!!
夕凪の悲鳴。
耳ではなく、心臓を直接打つ声。
『……蓮くん……お兄……ちゃん……』
そのか細い声に、
蓮は立っていることさえ苦しかった。
(夕凪……
もう限界なんだ……!)
谷の奥で蒼光が脈動している。
あれは結界の断末魔だ。
壊れる寸前の呼吸。
そのすぐ前――
朔夜が蓮に向かって叫んでいた。
「蓮!!
“選べ”!!」
幼馴染の声が、刃のように胸を裂く。
“選べ”。
黒鋼か。
朔夜か。
夕凪か。
蓮は震えた。
(……俺には……
どれも捨てられない)
その矛盾に、心が引き裂かれそうになる。
◆ 宗六の“刃”
その隙を裂くように、影が近づいた。
宗六だ。
老人の瞳は、魔導灯のようにぎらついていた。
「蓮や。
何を迷う必要がある?
巫女も天城朔夜も――
この世界のために“使う道具”じゃ」
蓮は振り返った。
目の奥が、怒りで赤く染まる。
「……黙れ」
宗六の瞳が細められる。
「なんじゃと?」
蓮の喉から声が漏れた。
「夕凪は……
朔夜は……
“道具”なんかじゃない!!!」
その瞬間、
宗六の口角がゆっくりと歪んだ。
「……ほう。
やはり“情”を捨てられぬか」
蓮は気配を読んだ。
宗六が――蓮を“処分”する気だ。
(やるならやれ。
俺は……もう迷わない)
だが、その直後。
谷の奥から再び夕凪の悲鳴。
『……いや……!
こわ……い……っ……!』
蓮の理性が限界まで崩れた。
(……夕凪!!)
◆ 選ぶ――だが、完全には裏切れない
朔夜が叫ぶ。
「蓮!!!
夕凪を救うなら――
俺と来い!!」
蓮は朔夜を見る。
その瞳は、昔と同じだった。
無鉄砲で、
まっすぐで、
誰よりも妹を想っていて。
(あぁ……
朔夜……
俺は……)
蓮は意識の奥底で決めていた。
――夕凪を壊させない
――朔夜を死なせない
――宗六にこの“扉”を開かせない
そのために必要なのは――
黒鋼でも桜花でもない。
(俺が……
“二人とも守る”)
蓮は剣を握り直した。
しかしその刃は朔夜に向かず――
宗六の方向へ一瞬だけ向く。
宗六が眉をひそめる。
「蓮や。
何を――」
「――俺はこの戦いを“選ぶ”。
だけど、誰の刃にもならない」
蓮は低く、しかし確かに告げた。
「宗六。
あんたの道具でも。
朔夜の足もとを折る刃でもない。
俺は、“俺のやり方で”夕凪を守る」
それは裏切り宣言のようで、
同時にどちらでもない曖昧な答え。
朔夜が目を見開いた。
(……蓮……)
蓮は続ける。
「朔夜……
俺はお前を止める。
だが殺すためじゃない。
“夕凪が壊れる時間を、ほんの少しでも延ばすためだ”」
朔夜は息を呑んだ。
「蓮……!」
蓮は苦しそうに微笑む。
「だから……
俺を“敵”として来い」
◆ 刃を交わす、しかし心は並ぶ
蓮が踏み込む。
朔夜も剣を構える。
ただ殺す気はない。
蓮も殺意はない。
だが――
二人とも“本気”だった。
カンッ!!
火花が散る。
蓮は攻撃の軌道をわざと外す。
朔夜も斬撃をわずかにずらす。
その歪さが、
むしろ痛々しいほど“必死”だった。
蓮が叫ぶ。
「朔夜!!
俺はお前の敵じゃない……
けど今だけは――
お前を止める側に立つ!」
朔夜も叫び返す。
「蓮!!
お前が止めても……
俺は“進む”!!」
ふたりの刃は、
憎み合うためではなく、
守るために交錯した。
ギィィン――!!
影風谷が震える。
◆ 崩壊の合図
そして――
谷の奥で、決定的な音が響いた。
パキィィィィン――ッ!!
明朱が悲鳴を上げる。
「結界の外殻が……割れた!!
夕凪ちゃんが……危ない!!」
宗六の不気味な笑い声が響く。
「よいぞ……“扉”が呼んでおる……!」
夕凪の声が、
もう泣き叫んでいた。
『……たすけ……て……
朔……夜……くん……
れん……くん……』
蓮の心が砕けそうになる。
(夕凪……!!)
朔夜も叫ぶ。
「蓮!!
選べ!!
“今”だ!!」
蓮は剣を握りしめ――
叫んだ。
「――俺は……!!」
影風谷の風が、
二人の運命を裂くように吹き荒れた。
(つづく)




