5話 影風谷布陣 ― 裏切りの影、揺らめく
影風谷――
黒鋼連邦の迎撃網が最も濃い“喉元”の地。
夜明け前。
谷底に広がる霧は、蒼白く揺れ、その奥で魔導機構が低く唸っていた。
蓮は岩陰から谷全体を見渡していた。
(……ここで、朔夜たちが来る)
谷道は複数ある。
正面ルートは罠だらけ。
両側の尾根は狙撃に向いている。
だが“獣道”だけは違う。
蓮が意図的に罠を外した唯一の道――
そして朔夜が選ぶと確信した道。
蓮は地形図を指でなぞりながら、
幼馴染の読みを思い返していた。
(お前なら……風の流れと地形を見て、必ずここに来る)
その読みは、風と共に確信へ変わっていく。
黒鋼の兵たちが次々と谷に降りてくる。
蓮の部隊も、別働隊も、配置に就いた。
「迎撃陣、整いました!」
兵士の声が響く。
しかし蓮の胸は重かった。
(迎撃なんて……本当はしたくない)
敵として立ち塞がれば、朔夜を傷つける。
妨害すれば、黒鋼に疑われ夕凪が危険になる。
そのどちらも、蓮にとって耐えられない選択だった。
(どうすれば……二人とも助けられる?)
自問を遮るように、背後から靴音が響いた。
◆ 宗六、現る
「蓮や。迎撃網は整ったかのう?」
聞き慣れた、乾いた老人の声。
刃向宗六が闇の奥から現れた。
蓮の心臓が冷えた。
「……祖父上。
なぜここに?」
宗六は白い髭を撫で、愉快そうに笑った。
「巫女の移送は今夜。
“扉”が開く前兆があるやもしれんからのう。
わし自ら確認に来たのじゃ」
蓮は喉の奥に苦味が走った。
(やはり……夕凪は今日、動かされる)
宗六は蓮の肩を叩く。
「蓮や。
お前には期待しておるぞ。
――天城朔夜の足を、必ず止めい」
その言葉は、
蓮の胸に鋭い刃を突き立てるようだった。
「……心得ています」
口ではそう言ったが、心は違った。
(止める気なんて……ない。
朔夜、来てくれ……!)
宗六は谷を見渡すと、
不気味な笑みを浮かべた。
「良きかな。
“鍵”はもうすぐ揃う」
その背中には、狂気と確信が混ざっていた。
蓮は拳を握り締め、その背中を睨みつけた。
(……絶対に、お前の思いどおりにはさせない)
◆ 夕凪、移送開始
その時だった。
谷の奥――黒鋼の地下区画の方角から、
蒼い閃光が一筋、夜空を裂いた。
「巫女の魔導反応、急上昇!」
影機関から通信が飛び込む。
蓮は息を呑んだ。
「夕凪……!」
報告が続く。
『結界、維持限界に到達!
移送手順へ移行します!』
蓮の全身が熱くなった。
(ダメだ……!
あれは苦しんでいる……!)
夕凪の声が
胸の奥で震えた気がした。
『……お兄……ちゃん……』
蓮は駆け出しそうになる。
だが、宗六が鋭く言った。
「蓮や。
巫女のことはわしらに任せよ。
お前は“迎撃”が仕事じゃ」
蓮は振り返り、無意識に睨んでいた。
宗六の瞳は、狂気の光で揺れていた。
(この男に任せたら……夕凪が壊れる)
怒りが、蓮の胸に静かに積もっていく。
◆ 邂逅前夜 ― 読みが重なる
その瞬間――
蓮の耳に、山風が囁いた。
ザァァ……ッ
風が谷から吹き上がり、
朔夜の気配が、確かに混じった。
蓮は目を見開いた。
(来た……!)
吹き抜ける風に、
幼馴染の“読み”が乗っている。
(朔夜の足取り……隊の風の切り方……
間違いない。すぐそこまで来ている)
蓮は思わず谷の向こうへ叫びたかった。
「来い……朔夜……!
ここまで来てくれ……!」
だが声には出さなかった。
黒鋼の兵士が数名、監視していたからだ。
代わりに、蓮は静かに立ち上がる。
(迎撃隊には“実戦のフリ”だけをさせる。
本命は……俺が誘導する)
影機関の術式で、
風の流れだけをそっと変える。
朔夜が“気付くように”。
道が――導かれるように。
宗六が言った。
「蓮。
迎撃はじまるぞ」
蓮は谷奥を睨んだ。
(朔夜……
次で、必ず会う。
お前と俺の“読み”が、ついに重なる)
蒼風が強く吹き抜けた。
影風谷が、
戦いの口を――ゆっくりと開き始めた。
読んでくださって、ありがとうごさいます。
こちらは黒鋼連邦から見た“裏の戦場”。
蓮の揺れる正義や、黒鋼の影の動きまで追っていただけて嬉しい限りです。
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これからも蓮の選ぶ未来と、黒鋼連邦の闇を
一緒に追いかけてもらえたら嬉しいです。
次の更新でまたお会いしましょう。




