第二部プロローグ《扉の残響》
蒼い光が、大陸を包んだ。
夜明け前の静寂を、刃物のように裂いて現れた光だった。
桜花帝国の桜灯が並ぶ城下から、黒鋼連邦の鉄環都市。
遠く中立国ストラタの古代遺跡群まで――
この世界のすべてが、同じ瞬間にその光に染まった。
空が蒼く染まる。
星は消え、月が霞み、
ただ青白い輝きだけが天を支配した。
美しさと恐怖が混ざり合った光だった。
古代の記憶が呼び起こされたような、魂が震える光。
次の瞬間、大陸中の魔導炉が“脈動”する。
桜花帝国の桜蒸塔が唸り、
黒鋼連邦の模造炉が悲鳴をあげ、
ストラタの封印遺跡が低い音で共鳴した。
兵士が走り回り、技術者が叫び、
陰陽師たちは結界の揺らぎに顔を青くしていた。
だが――誰も知らなかった。
この光が何を告げるのか。
何が目覚めたのか。
そして――何が始まろうとしているのか。
* * *
◆ 桜花帝国・帝都
天城朔夜は参謀本部の執務室で、蒼い光を見上げていた。
窓の外、城下町が淡く照らされている。
蒸気塔の白煙さえも青く染まり、
朱塗りの橋が幽玄な影を落としていた。
しかし朔夜の胸を満たしていたのは、感嘆ではなかった。
「夕凪……?」
その名を、無意識に呼んでいた。
――聞こえた。
いや、“感じた”と言うべきか。
光の中から、確かに妹の声がした。
『……お兄ちゃん……』
幼い頃と同じ、優しくて少し甘えるような声。
朔夜の手が、勝手に窓へ伸びた。
ガラスへ触れた指先が震える。
「夕凪……!」
叫んだ時には、光はもう消えかけていた。
星が戻り、月が空に昇り、
夜は再び闇を取り戻す。
窓に残ったのは、冷たい硝子の感触だけ。
朔夜はゆっくり目を閉じ、息を吐いた。
胸の奥で、何かが静かに燃え上がっていく。
(絶対に……取り戻す)
参謀ではなく、軍人でもなく、
ただの“兄”としての誓いだった。
蒼い光は消えた。
だが朔夜の心には、炎が灯っていた。
* * *
◆ 黒鋼連邦・深部研究施設
刃向蓮は、扉の間の前で蒼光を浴びていた。
結界の中で眠っていた夕凪が――
ゆっくりと、蒼い瞳を開く。
その瞬間、彼女の身体からあふれだした光が、
施設全体を――いや、大陸を染めあげた。
蓮は息を呑んだ。
「……夕凪……」
夕凪の唇が、震える。
『お兄ちゃん……蓮くん……』
声にならぬ声。
だが蓮の心には確かに届いた。
そして――
同時に、遠くに“もう一つの気配”が響いた。
(朔夜……)
懐かしい。
温かい。
でも、今は敵として向かい合うしかない幼馴染の気配。
胸が裂けるように痛んだ。
「朔夜……すまない」
誰にも聞こえない独白。
守りたいものが二つあるのに、
両方を守る方法がまだ見つからない。
宗六の笑みが脳裏を過ぎる。
狂気と野望に満ちたあの眼。
蓮は拳を握りしめた。
(でも俺は……二人を守る。必ず)
光が収束し、夕凪はそっと目を閉じた。
しかし蓮は知っていた。
これは終わりじゃない。
ここが始まりだ。
扉が動き出した。
大陸の運命が、揺れ始めた。
そして自分も――動かなくてはならない。
蒼い光は消えた。
だが蓮の瞳には、決意の火が宿った。
* * *
◆ 大陸全域の異変
桜花帝国では、桜蒸塔の魔導炉が三倍の数値を記録。
陰陽師たちが古文書を開き、参謀本部は緊急会議へ。
「これは……好機だ。」
誰かが呟き、重い空気が揺れた。
黒鋼連邦では、模造炉が暴走し、
工場地区で小さな爆発が相次ぐ。
影機関の報告は簡潔だった。
「鍵、覚醒。扉、反応開始。」
宗六はそれを読み、薄く笑った。
中立国ストラタでは、
数百年閉ざされていた古代遺跡が自動起動。
神官たちは震え、王は天を仰ぐ。
「……予言の時だ。」
三国が、それぞれの思惑を抱く。
桜花は反攻の機を。
黒鋼は計画の加速を。
ストラタは中立の放棄を。
蒼い光が消えた夜――
大陸は、新たな戦いの季節を迎えようとしていた。
そしてその中心には、
兄と幼馴染と、鍵となった少女。
三つの魂が共鳴するとき、
扉は震え、世界は揺れる。
物語は、再び動き出す。




