第5部 第1話(裏)
――精算の先で、動くもの
黒鋼は、陣の外れで地図を広げていた。
夜明けの光は淡く、まだ形を決めていない。
剣を収めた手は、もう震えていない。
だが、軽くもない。
「……終わった戦は、
次の戦を呼ぶ」
独り言のように呟く。
第4部の精算は、終わった。
だが、精算が終わったという事実が、別の歪みを生む。
◇
副官が、静かに報告する。
「各地から、動きが出始めています。
これまで中立を保っていた連中です」
「だろうな」
黒鋼は頷いた。
均衡がある時だけ、中立は成立する。
均衡が崩れた瞬間、
欲と計算が、顔を出す。
◇
黒鋼は、地図の端を指で叩いた。
「ここだ」
街道の脇。
資源と人の流れが交わる、小さな要衝。
「桜花が守った場所でも、
俺が退いた場所でもない」
つまり――
誰の責任にも、まだなっていない場所。
◇
副官が、慎重に言う。
「第4部の戦を見て、
様子見していた連中が動くと?」
「動く」
黒鋼は、即答した。
「次は、
正義も、理想もない」
守るためでも、
終わらせるためでもない。
取るための戦。
◇
黒鋼は、剣の柄に触れた。
抜かない。
だが、確かめる。
第4部で引き受けた重さは、
ここで役に立つ。
「……桜花は、
人の側に立つ」
それは、もう分かっている。
「ならば俺は、
兵と現実の側に立つ」
役割は違う。
だからこそ、衝突は避けられない。
◇
黒鋼は、立ち上がった。
「全軍に伝えろ。
次の戦は、
短く、分かりやすく、
逃げ場を残すな」
副官が、息を呑む。
「……容赦は?」
「しない」
黒鋼は、淡々と言った。
「第4部で、
“しなかった”分を、
ここで使う」
◇
それは、冷酷な宣言ではない。
役割の宣言だ。
第5部は、
精算の延長ではない。
「次は、
終わらせるための戦じゃない」
黒鋼は、前を見据える。
「始めるための戦だ」
◇
朝日が、完全に昇った。
陣に、動きが走る。
剣はまだ抜かれない。
だが、
次に抜かれる理由は、
誰の目にも分かる形で用意されていた。
黒鋼は、歩き出す。
第5部の戦は、
もう静かに始まっている。
雷は鳴らない。
だが今度は――
逃げ場を選ぶ余地がない空が、
広がっていた。
ここから第5部に入ります。
第4部では、
「どう終わらせるか」
「何を引き受けるか」
を中心に描いてきました。
第5部では、
その選択の“結果”が、はっきりと形になっていきます。
戦は、より分かりやすく、
そして、より逃げ場のない形で戻ってきます。
重さは残していますが、
物語としては、前に進みます。
桜花も、黒鋼も、
次は違う局面で、違う判断を迫られます。
引き続き、
《雷哭ノ桜花戦記 ― 表裏双章 ―》
表と裏、両方から描いていきます。
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