第36話(裏)
――余白を消した者
黒鋼は、街道を見下ろす高地に立っていた。
山と山に挟まれた細道。
左右に逃げ場はなく、後退も容易ではない。
「……ここだ」
低く呟く。
精算の場所を離れた時から、決めていた地点だ。
◇
副官が、地図を示す。
「桜花軍、進軍再開。
速度を保ちつつ、隊列は崩していません」
「そうだろう」
黒鋼は、視線を動かさない。
桜花は、迷いを終えた。
精算の後に残る余白を、
自ら閉じに来る。
◇
黒鋼は、外套の留め具に触れた。
「精算は終わった。
だが、戦は終わっていない」
あの場では、
勝たないことを選んだ。
負けないことを選んだ。
それは、
次の戦を成立させるための選択だった。
◇
黒鋼は、静かに命じる。
「全軍、配置を固めろ。
前へ出るな。
退くな」
副官が、確認する。
「……受ける形、ですね」
「そうだ」
黒鋼は、頷いた。
「ここでは、
余白を残さない」
◇
街道に、兵が並ぶ。
槍は下げられ、盾は揃えられる。
攻めの構えではない。
塞ぐ構えだ。
「桜花は、
守るために前へ出る」
黒鋼は、淡々と続ける。
「ならば俺は、
通すために、通さない」
矛盾した言葉。
だが、意味は明確だった。
◇
副官が、低く問う。
「将。
ここで衝突すれば……
大きな損耗が出ます」
「出るだろう」
黒鋼は、否定しない。
「だから、
ここにした」
損耗が出る場所。
逃げ場のない場所。
余白の消えた場所。
ここでこそ、
剣を抜く理由が成立する。
◇
黒鋼は、剣の柄に手を置いた。
まだ抜かない。
だが、今度は違う。
「桜花は、
ここで引かない」
それは、読みではない。
確信だ。
「ならば俺は、
ここで終わらせに行く」
◇
遠く、土煙が上がった。
桜花軍の先頭だ。
黒鋼は、ゆっくりと息を吐く。
「……余白は、
俺が消した」
精算を引き受け、
重さを背負い、
その先で選んだ場所。
「ここからは、
逃げ場のない戦だ」
◇
黒鋼は、剣を抜いた。
音は低く、短い。
だが、その響きは、
これまでとは違う。
勝つためでも、
守るためでもない。
決め切るための剣。
「全軍」
声を張る。
「ここを、通すな」
◇
街道に、緊張が満ちる。
風が止まり、音が消える。
雷は、まだ鳴らない。
だが――
落ちる場所は、
もう一つしか残っていなかった。
黒鋼は、前を見据える。
桜花が来る。
剣を抜いたまま。
ここで、
互いの選択が、
初めて真正面からぶつかる。
余白は、消えた。
あとは――
決めるだけだ。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
ここ最近は、
「守る」「切る」「選ぶ」
そんな話が続いています。
書いている側としても、
簡単な答えは出せないまま進んでいますが、
だからこそ、この形で書いています。
田舎のおっさんの戦記ですが、
もう少しだけ、お付き合いください。




