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藤のある庭  作者: 46(shiro)


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9/10

藤のある庭 9

「僕は死にたくなどない。けれど生きていけない! 華椰のいない場所でなど生きていけるものか!

 もういやだ! こんなこと、真っ平だ!

 愛がなんだというんだ? 和明。なぜ僕を縛ろうとする、僕を追い詰める?

 愛していると、なぜその言葉は僕をがんじがらめにからめ取ろうとするんだ。

 なぜだ! なぜ僕は華椰を愛した? 彼女を失うこと、それだけが僕を殺す。殺してしまう。

 いやだ、和明。

 僕は死にたくなどない! なのに、僕は死ななくてはいけないんだ!

 愛という感情が胸に重過ぎて、僕は呼吸すらできなくなる!

 彼女は、その愛持て僕を僕に殺させる!」

「翠、落ち着いて――」

「和明、僕はどうすればいい!? 華椰が行ってしまう! 早く追いかけて、彼女をつかまえないと――」


 死なせない!

 私は必死になって、翠を壁に押しつけた。


 この手を放したら、翠はきっと行ってしまう。

 遠くへ、華椰さんが連れ去ってしまう。


 それだけは許さない! 翠は、翠のために、翠を愛さなくてはいけないんだ。


 私は翠を抑え込み、そして落ち着けと繰り返し叫んでいた。


 恐れていた、結果。

 翠は自らへの愛情が希薄過ぎる。


 崋椰さんを愛しむ、『(これ)』はただそれだけの器でしかないと……一体いつから思い込んだ!? 自身への愛すらも華椰さんのものなのだと、そんな破滅的な想いをどうやって抱え続けてきたのか……。


 私の手は翠の手をすべり、その細い体を抱き込んで、私自身の体全体で翠を抑えつけていた。


 翠は抵抗する。


 彼を束縛しているものが私であると気付いている様子はなく、ただひたすら自身に触れているすべてに拒否を発して、悲鳴のようなものを上げて華椰さんへの拒絶を口にする。


 愛情により。


 私は、必死に、翠に繰り返していた。

 私が愛してやると。

 私を愛すればいい。


 きみが、愛することしかできないなら、そんな想いしか持てないなら、すべて私にぶつければいい――。


 もちろんそれは死に焦がれる翠を、少しでも華椰さんからそらそうとした言葉であって、私は、到底翠に親友以外の思いは持っていなかったし、とても持てなかっただろう。


 私の持てる愛と、翠の与える愛は、決して同じ種類のものであるとは言い難い。


 だが何の変哲もない日常を、ただそこにあるだけのものを愛するように、私は翠もまた愛していたのだ。


 とても大切に思っていた。


 それを失いたくなくて、私は全力をかけて全てに拒絶反応を示す翠に、目の前にいる私の存在を知らせようと、翠を抱きしめていた。


 と、何かが私と翠を包み込む。

 かすかな藤の香りで。


「華椰、さ……ん……?」


 私はその有り得ない事象に、1秒にも満たない間、何もかもを忘れて周囲を見渡し――そして次の瞬間跳ね起きた翠に突き飛ばされて、向かい側の壁に背を強く打ちつけた。


 翠が、信じられないと首を振る。

 ゆるゆると、小刻みに。



「かやりーーーーーーーっ!!!」



 全身からほとばしるような叫びをあげて、翠は駆けだした。

 打ちつける、土砂降りの雨の中を一心に。


 彼を呼ぶ私の声などまるで届かないと、ただの1度も振り返らず翠は駆けて行き、そして、その背はまたたく間に雨霧の中へ消え入ってしまったのだった。

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