藤のある庭 8
そして恐るるべき日は6月上旬の日曜日。
その日は朝から激しい雷雨で、だれも外へ出かけようとしなかった。
窓を打ちつける雨音による苛立ちをまぎらわせるためだけにつけていたラジオは、それでも夕方の6時を過ぎてからの雷鳴には到底打ち勝つことができず。
私は、忌々しさでカーテンを引き締めた。
このときの私は、抑え切れない投げ遣りな思いにささくれ立っていた。
まるで余裕のない、そのくせモヤモヤとしたどうにもならない感覚で占められた胸にイライラが募り、何かを壊したくて、傷つけたくて、たまらない衝動に何度も襲われる。
そんな自分に腹が立ち、そのままカーテンへと突っ伏した私は、そんな感情の嵐をすべて吹き飛ばす驚きに自らの目すら疑ってしまった。
そこには、向かいの壁に背を預けて、2階の私の自室を見上げている人影があった。
――翠!
私は直感的にそう思うと、窓を両手でたたいていた。
積もった汚れを洗い流すどころじゃない、地にたたきつけてなお深く減り込ませるほどに降る土砂降りの、その中を翠は私の元へやってきたのだ。
傘もささずに。
もう、忘れて久しい翠の姿だった。
そのくせすがりつきたいほどに懐かしさで胸を締め付ける、親友だった。
「翠!!」
窓越しに名を呼ぶと、その声が聞こえたように人影が動き――目が合った気がした。
直後、階下へ飛ぶように駆け下りて、そのまま玄関から飛び出す。
はたしてそこにいたのはやはり翠だった。
初夏の雨にずぶ濡れに濡れて、震えている。
背を丸め、いつからそうしていたのか、血の気を失った肌色をして、おびえた目で自らを抱き締める姿はとてもただごとではない。
今にもその場に泣き崩れてしまいそうな、そんな風情だった。
こんな翠はかつて見たことがない。
翠は完全に自分というものを見失い、狼狽していた。
その頬を伝う幾筋もの流れは雨なのか、それとも涙なのか。判別がつかなかったが、私は、涙だと思った。
恐怖に取り憑かれた目で、近寄る私に力なく倒れかかる。かとすると、支えようとした私の腕を逆につかみとって、痛いほどにぎり締めた。
「いたっ。翠、いたい――」
「和明! どうすればいい!?」
翠は私を見上げて叫んだ。
「和明、僕はどうすればいい?
こんなにも頼んでいるのに! 願い、すがっているのに! いてくれないんだ! とどまってくれようとしない!
どんなに愛しんでも、止められないんだ!」
「翠……」
その言葉に――いや、翠がその姿を私の前に現した瞬間から、私はそれを確信していた。
ああ、ついに来たのだと。
私は必死に地へと崩れかけた翠の身を支えながら、私自身、その恐るべきことに愕然とした。
とうとう華椰さんが消えるのだ。
あの脆く儚い肉体を捨て、永遠に、翠の元から去っていくのだ。
「僕を愛していると言ったその唇を、僕を受け入れたその身を捨てて、彼女は僕をこの地に独り残して逝こうとしている!
そうして僕までを殺そうとする!
なのに、僕を愛していると言うんだ! 僕だけを愛していたと!
いやだ! 僕は死にたくなどない。ずっと、ずっと、きみや華椰と、ずっと、ここに……!
ああ、華椰が行こうとしている。いくら哀願しても、何を言っても、彼女はとどまろうとしてくれない!
僕は死ななくてはならない! いやだ!!」
「翠、翠! 落ち着いて! 翠、落ち着くんだ!」
すがりついた彼の耳元で、私はそればかりを叫んでいた。
翠は立とうとしない。
私にすがり、私に依存し、そうする私をなじってくる。
そうして狂ったように言葉を吐き続けていた。




