藤のある庭 6
なぜか翠が現われたとき、私はとてもひどい罪悪感を感じてしまった。
それまで何とも思われなかった今日の訪問が、それは決して、してはいけないことだったのだと今さらのように気付いた、いたたまれない思いで私は痛切に翠に対して心の中で必死に謝罪の思いを投げかけていた。
なぜなのかは分からない。
ただ、切羽詰まった苦しさで、翠に永遠に許してもらえない罪を犯してしまった気がしていて、ひたすら心の中で哀願していたのだ。
翠、怒るなと。
はたして翠は私を見つけて、これ以上はないというほどの敵意と殺意のこもった目で、ひとかけらの慈悲もなく見つめた。
「……華椰。
もう入ったほうがよいよ。また発作を起こしたなら、今度こそ、僕は知らないよ。もうきみのためになど、何ひとつしてあげないからね」
再び女性に向き直った翠は、素っ気ない声でそんなことを口にしながらも、とてもいたわりを込めて、持ってきた上着を女性の肩にはおらせた。
「ええ、翠良くってよ。そうしたならきっと私はあっさりと死んでしまうのでしょうから。
それもいいけれど、でも、やはり、1人はいやだものね。死ぬのも、残されるのも。
ええ、翠。もう入るわ」
ふざけたように言って、翠の頬をさらりとなでたあと、私に会釈をして、女性は扉のほうへ小走りに駆けた。
「走らないで!」
翠がそう言う間にもその女性は扉をくぐり、屋敷の内へと姿を消してしまい……そうしてここには私と翠だけが残ったのだった。
とてもいやな空気だった。
棘を立てた翠。
苛立ち、忌々しげに私を見据える。
私に、自分自身で、己のした行為の愚かさを思い知れと。
「あの……、翠。あのひと……きみの妹さん?」
私はそんな翠を恐れ、少しでもいつもの彼に戻そうと、口を開いた。
「とてもきれいだね。発作とか言ってたけど、どこか悪いのかい?」
対し、翠は静かに私を怯えさせた。
「なぜ、来た」
「翠……」
「なぜここまで来たんだ、和明。答えろ。
ここまで踏み入る余地を僕はきみに与えていたか? 僕に干渉する権利を、僕はきみに与えていたか?
答えろ! 和明!」
「それは……」
再び黙する。
翠は2度と私を信用せず、許さないだろうと確信し、心の中でべそをかきながら、私は恐怖に言葉を詰まらせていた。
あまりに浅はか過ぎた思考。
浅慮過ぎた行為。
無知からの好奇心で愚行に走り、翠を追い詰めてしまったような気がしたのだ。
翠は、そんな私を見て、腹立たしげに舌打ちをした。
「華椰は妹じゃない。姉だ。貧血性の心臓病をわずらっていて、かなり悪い」
「えっ? 入院は!? 手術を――」
「ずっと入っていた。もう無駄だと余命を宣告されて、戻されたんだ。
華椰には胸を裂かれる痛みに堪えるだけの力もない。
昔からだ。
華椰は、きっと人ではないんだよ」
「そんな……」
だから翠はあれほど頻繁に休んでいたのだろうか?
屋敷に1人でいる華椰さんを気遣い、そして、その日数分、華椰さんが危なかったのだとすれば……。
とても堪えられることではないと、私は自らを抱きながらに考えた。
「満足か? 和明。これできみのはた迷惑な好奇心も満足できただろう。
もう2度とここまで踏み込むな」
翠はそう言うと柵から手を放し、背を向けた。
「が、学校は? どうするんだ、翠!
もう10日も欠席して……このままだと僕だけでなく、担任が来るよ?」
「……もう、行かない」




