藤のある庭 4
当時、僕の中には翠に対して相反する2つの感情が背中合わせで対峙していた。
ひととして、だれもが望むもの。
並外れた美しさも、知性も、分別も、品位も、何もかもを持っていた翠。
それゆえに無関心という傲慢さで彼を取り巻く人々の心を乱し、操った翠。
目に見えない王錫をその手ににぎって生まれてきたに違いないと分かる、あきらかに私たちとは違う、選ばれた存在。超越者。
だがそんな翠にもやはり苦悩というものはあるのか。
それだけ恵まれた存在でありながら不満を持つなど、いささか尊大すぎやしないかと思い、直後、そんなことを考える自分はなんて罪深い、卑屈な者なのだろうと思い、私は自らを嫌悪するはめになった。
翠のそばにいるたび、幾度となく浸ったそれが、本当のところ、心地よかったことは否定できない。
そうすることで私は、自分は人として正道を歩んでいると考え、正しい者であるという誇りに胸を張れている気がしていたのだ。
愚かにも。
ただ、そうして錯覚ばかりを映していたこのころの私の目にも、翠がだれかを想っているらしいということには気付いていた気がする。
そうだ。
それは口にしてはならないものだと、その想いゆえに自分は死ぬのだと、翠自身嘯いていた。
目の前の自分に向かい――それは決して『私』に対してではなく――そう言うことで、自分自身に思い込ませていたのではないだろうか……。
ああ、そしてあの日。
担任であった教師――面影がさまざまというか、当時あまり関心を払っていなかったこともあり、ただ、女であったとしか覚えてないが――が、今回の翠の無断長期欠課は目に余るものがあると言って、私に翠の様子を見に行かせたのだ。保護者とは電話で話したようだが、知らないとか、自主性がどうのとかで、要領を得なかったらしい。
教室で比較的彼と仲の良い私に白羽の矢を立てたとき、そのことを思いだしたのか女教師はぶつぶつと不満を口にしていて、まだ腹を立てていたことから、私もなんとなくそのことを察することができていた。
そうして、私は翠の家へ行くこととなった。
翠の休みはこの日を含んで実に10日近くに及んでいたのだ。
普段からもよく欠課したり、半日で帰宅したりしていたが、それでもこれほどに長く休んだことは1度たりとない。
せいぜい4日もすれば登校の際、笑って私の背後より肩をたたいて現われていた。
それまで翠のことを格別知りたいと思っていたわけではなかった。
それは、関心がなかったというわけではなく、そのことによって翠に煙たがられるかもしれない、避けられるかもしれないという、実にばかげた幼稚的な恐怖心からだった。だから、極力そういったことは考えないようにしていた。
翠自身、校外での生活をうかがわせるような言動をしたことが一切なく、存在自体、浮世離れしたところがあったせいもある。
それゆえに、とても純粋な思いで私は翠の家を目指し、そして私はその光景に、永遠の後悔を刻み付けることとなったのだった。




