藤のある庭 10
私には、翠を救うことができなかった。
姉である華椰さんを愛していた翠。
弟である翠を愛していた華椰さん。
はたして翠が、庭の蔓薔薇の棘を抜いていたのだろうか? 崋椰さんのために。
異様なまでに手入れの行き届いた、膨大な数の薔薇だった。
そして、その身に群がる数千の棘。
摘み取るその手を傷つけないようにと、一体翠はどんな思いで削いでいたのだろうか……。
どんなささいなことで壊れるかも分からない、恐ろしい愛し方だった。
終わりの見えた、恐怖。
行き着く先のない、閉鎖された想い。
そんな翠の愛がどうして歪んだ愚かさだと言えるだろうか。なぜ私たちの信じる常識がすべてなのだと確信できる?
それが正しいと、どうして……。
翌朝。
私は翠の元へは行かなかった。
そこにはもう翠はいないのだと、漠然と感じ取っていた。
あの日、あの嵐の夜に、翠の愛した華椰さんは逝ってしまった。
あのとき、その持てる精一杯の愛で翠を抱き締め、そして永遠にこの世から去っていったのだ。
翠はいない。
もう、きっと、どこにも。
華椰さんのいない世界など、翠には何の価値も見出せないものでしかないのだから、翠にとどまることなどできるわけがない。
のちに、親族のだれかの通報によって、駆けつけた警察の者があの屋敷で眠るように寄り添った2つの遺体を見付けたということを伝聞として聞いたけれど、私は、確認にも行かなかった。
あれは、翠ではない。
翠はいない。
そしてあの庭も、ただの藤の庭でしかなくなっている。
もうどこにも存在しないのだ。
あの空間は。
わずかに狂った、乱れた空間。
時間すらも押し黙る孤高さで、彼らのみが確立している世界だった。
まどろむ、かすかに酔いしれるがごとく、こことは違う世界……。
翠も華椰さんもいない今、だれがそれをとどめられるだろうか。
私は決してあの庭になど行かない。
翠はもう、どこにもいないのだ。
【藤のある庭 了】
ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
これは1988年、わたしが10代のときに書いた小説です。
たしか、改訂版を何かに載せたような記憶がかすかにあるのですが……思い出せず。
元の文章はあまりに稚拙すぎたため、このままでは公開できないと思い、ところどころ文字を修正しましたが、それでも8割はそのままです。
昭和の小説です。
ご笑覧いただけたら幸いです。




