不登校少女と不思議な動画
今回で三回目
不登校になるのは
深夜二時、リビングで親がラップをかけて保存してくれた麻婆豆腐を食べながら島崎彩花はそう思った。
一回目の不登校は忘れもしない中一の五月、定期テストの脅威があまりにも強大で一回の寝坊を引き金に学校に行かなくなった。別にそれだけが原因じゃない。友達付き合いがうまくいかなかったり、夜寝付けなくて日中頭が痛かったりと考えるだけ無駄な理由が沢山ある。
それでも非力なりに学校に登校した新学期。新学期のクラスには仲が良かった人二人、あとは他人。元不登校だった自分を変に詮索せず、放っておいてくれた点を考慮に入れるといいクラスだったと思う。そこでそこそこの学校生活を満喫していたが、迎えた九月、またもや不登校。理由は文化祭でエネルギー切れ。そこからの学校生活の記憶はない。
その後は自己推薦で通信制高校に入学。華のJKライフを妄想していたが、そんな訳もなく今、一年持たず三回目の不登校、理由は学校が嫌いだから。
なんて馬鹿らしい人生だ、誰がこんな言い訳で不登校になるんだ、と彩花自身そう思うが、これが今の自分の現状なのだから仕方がない、受け入れるしかなさそうだ。
初めての不登校では不安と停滞感に毎日押しつぶされて生きていたが、三回目となるともう慣れる。罪悪感を感じずにゲーム、漫画、アニメの端から端まで堪能している。気になる親の反応は、母親は「この生き方でいいなら続ければいいんじゃない?」と半ば諦めモード、父親は「勉強はしろよ」と不登校までは寛容的だが私が毎日ダラダラと過ごしているのが気に入らないらしい。私自身、この嫌なことがあったらすぐ逃げれる生活は楽だ。勉強もサボれてゲームも出来て何一つ不自由がない。ただチンタラしていると高校を退学になり中卒ニートが出来上がる、それが唯一の不安だ。
そんなことを考えてる間に麻婆豆腐は無くなっていた。私の一番の好物、麻婆豆腐。嫌な思い出に浸り、将来への不安を噛み締め、麻婆豆腐の美味しさと辛味の欠片も感じない後味の悪い苦味だけが残る食事だった。そんな口触りの悪さを覚えていても食べてしまった物は戻らないので、彩花は冷蔵庫から冷やされたお茶のペッドボトルを出し、使った食器をシンクに入れ水につけて自室に戻った。
深夜二時半、この時間に自分は自由になる。
両親は完全に寝静まり、近所でも起きている人は少ない。私だけが自由に動けて自由に遊び呆けれる時間だ。
そうは言っても何もする事はないし、何かする気力もない。ただボーっと動画を見る時間だ。イヤホンをつけ、布団に横向きで寝転がり左腕の肘を曲げ腕枕にし、右手で画面を縦向きロックをしたスマホをスクロールするだけ。これを繰り返してるだけであっという間に時間は過ぎて、いつの間にか眠りに落ちて、気づいた時には頭痛とめまいとセットに昼が来る。起きるには頭が痛過ぎるし腹もさほど減っていないので、手探りでスマホを探しまた動画をスクロールする。
三時ごろになると腹が減ってくるのでリビングへと向かう。両親は共働きなのでこの時間は家にいない。親が用意してくれてラップで包まれた野菜炒めと、冷凍庫から米を出して電子レンジにぶち込む。電子レンジを待っている時間はうがいをする日もあれば歯を磨く日もあるが、今日は歯磨きかうがいかで迷ってる時に電子レンジが音を鳴らしたので今日は何もしないことにした。
レンジの中から熱い野菜炒めと米を出したあと机に置き、随分と水が滴ってるラップと米の容器を外したらいよいよ飯の時間だ。左手にスマホ、右手に箸を持ち、下品だとは思ってるがスマホを見ながらご飯を食わずにはいられない。スマホと不登校は切っても切れない関係なのだ。食べ終わると空のシンクに食器を置き水に浸して自室に戻る。自室に戻ってやることといえばスマホを見て、ただ動画をスクロールするだけ。面白くもなくつまらなくもない最強の暇つぶしなのだ。その後にやる事といえば深夜まで夕飯を待つだけなのだが、親が帰ってくる前に風呂に入ることもあるし入らないこともある。ただ、不潔にはなりたくないので週に三回は必ず風呂に入るようにしている。
こんな生活を毎日毎日、不登校になるごとにしている。不健康な生活は重々承知の上だが、生きる気力もやる気もないため仕方がない。
そんな生活を二ヶ月くらい続けた頃であっただろうか。
もう高校は諦め、スマホに一生を捧げる覚悟で動画を身漁っていた。夜の十一時頃にいつも通り何も面白くなく、かと言ってつまらなくもない動画を何も考えずにスクロールしていたら、一つだけ目が止まる動画があった。
その動画は、五十代くらいのやつれたおばさんが
「無職の息子が亡くなったので、その息子の日記を誰かに渡したく、渡す人を探している」
という内容のことを無造作に撮っているだけ動画だった。よくある老人が動画投稿サイトだと言うことを知らずに投稿した動画かな、などと思ったがそれなら「渡す人を探してる」なんてカメラ越しに言わない。それならおばさん自身がここを動画配信サイトということを知って動画を上げた事になるが、それならますます気味が悪い。見ず知らずの他人である「匿名者」に故人の日記を譲渡しようとしているのであるのだから、逆に怖がらない方が不思議である。動画は10秒ぐらいで終わったが、私は少し不気味さ由来の好奇心が出てきたのでこの動画について少し詳しく調べる事にした。
まず再生回数は八回、いいねやコメントは当然なかった。動画の概要欄を開き、動画の投稿日や投稿者のコメントを探したが、五日前の五月十三日に投稿されていることしか分からず、チャンネルを見てもこの動画が初投稿らしくそれ以外の情報は見当たらなかった。受取人を探しているのに、概要欄にもチャンネル説明欄にも一切説明が書かれてなかった。もう一回動画を見返したが五十代の白髪混じりのやつれたおばさんの顔しか映ってない。私はこの奇妙さに気味が悪いと思いつつ、まるで未解決問題を依頼に受けた名探偵の様に心に火がついていた。
「日記が欲しいとコメントしたらどうなるんだろう、、」
そんな欲望に身を任せ、ついに私はコメント欄に手にかけた。
『息子さんの日記が欲しいです。どのように受け取ればいいですか?』
そうコメントを送信した。なぜか変な汗が止まらなかった。送信してしまった後悔と、何が起こるか分からない不安感、そしてどうせふざせた主婦があげた動画だから何も起きやしないだろ、と思うひどく冷静な自分もいた。とりあえず訳も分からない疲れがどっと出てきてまだ深夜に入る前だというのに眠気が出てきた。今夜はゆっくり眠れるかも、でもお腹空いたな、コメントは読まれるかな、などと考えているうちに、ワクワクと空腹の音と共に眠りについた。