第七幕 ゲルディーナは嗤い、マイアは嘆く
敗北の鐘が鳴る。
99回目のハッピーエンド。
確定。
マイア・ラグドールへ、完全敗北を認めるかのように私は幸せそうに笑った。
目が合うと優し気なまなざしを浮かべ、最高に美しいヒロインは微笑む。
繰り返しは終わる。
私は、完全に負けたのだ。
*
純白の花嫁衣裳を着せられたゲルディーナ・ブラッドウェルは足取りもおぼつかず、クライド・キャストライドにひっぱられ・・・支えられるようにして教会を出た。
貴族やら国民やらが大歓声を上げて二人を祝福している。
(この世界って、こんなに明るかったかしら・・・)
花吹雪の舞う教会の前で、ゲルディーナは思った。
花かごを手に、名門伯爵家のご息女が誰よりも花弁を振りまいているのが見える。
マイア・ラグドールは私の手の内をすべて読み、なおかつ途中で気づくことのないように己の力を用いたのだろう。
(ハッピーエンドチートなんてとんでもない子だわ)
名門伯爵家の血筋、頭脳、神様からの贈り物。
バッドエンドを望む私が、何度繰り返したとて敵うはずもない・・・。
「ゲルディーナ、とても美しいよ」
思考を中断させるように、隣で歯の浮くようなセリフを夫となった殿下がのたまった。
「うれしいですわ、殿下」
精一杯の皮肉を込めて、名前は呼ばない。
皆が笑っている。
私の家族、マイアたん、皆・皆・皆・・・。
生きていたなんて。
地獄へ追いやったと思っていた人、全員。
してやったと苦悶の表情で言い放っていたのに、生きていたなんて。
ああ。
(何たる悲劇よ!!)
舞台で役者が思いを叫ぶように、心の中でゲルディーナは叫んだ。
「・・・・・」
ハッピーエンドになっちゃったのに?
浮かぶ疑問符。
(嗚呼!なんて悲劇なの!!)
ゲルディーナは気づいた。
「フフッ・・・」
思わず口元が突然訪れた喜びにほころんでゆく。
それって・・・。
すっごく。
(バッドエンドじゃない!!)
ゲルディーナは微笑むマイアに視線を向けた。
(ああ、マイアたん・・・)
なんて清廉で愛らしいことか。
(ありがとう)
貴女のおかげでとんでもないエンディングを迎えられたわ。
「私」
皆の喧騒にかき消されてしまうほどの小さな声で、けれどきっとマイアは聞き取ってくれるはず。
「幸せよ」
ゲルディーナは心から幸せそうに微笑んだ。
一瞬で終わる断崖で断罪。
それを望んでいた。
でも。
いつまで続くかわからない、生きている間ひたすらに続く好きでもなんでもない人の側にいる王妃生活。
(ハッピーエンドなんて、私にとって最高にバッドエンドじゃないの!!!)
マイアは唇を読んだ。
しあわせよ。
ああ、ゲルディーナが認めてくれている。
だから。
それを見て、微笑み返した。
「・・・・あ」
ヒロインは、しかし何かに気づいたようにはっとなる。
そして悲しそうに、悔しそうにゲルディーナを見た。
見た目はマイア・ラグドールの望むハッピーエンド。
けれども、ゲルディーナ・ブラッドウェルにとってみたら、好きでもない王子の妃になるのだ。
順風満帆な王妃生活。
己のした悪行を全て覆されて、なかったことにされて。
こんな悲劇はないだろう。
(なんだ、私の・・・)
ゲルディーナはフラフラと前を向いた。
(勝ちじゃない)
雲一つないスカイブルー。
日の光を受けて輝くばかりのたくさんの花弁。
暗さ一つもない祝福の声の中。
ゲルディーナは、最高のバッドエンドに酔いしれた。
だ・け・ど。




