表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第三幕 バッドエンドメイカー

ゲルディーナが最初に聞いていたならば、回避は可能だったかもしれない。



「君は<マイア・ラグドール>だよ」



「本当に!?」

少女はキラキラとした瞳で神を見上げる。


「鋭い頭脳と名門伯爵家の生まれ。あらゆる幸運と賞賛が君のものさ」




 *

 



記念すべき一度目の人生。

ゲルディーナは、筋書通りといったところを攻めた。


まず悪名高い公爵家の末娘として、次期王と目される第一王子の婚約者へと5歳にして予定通り納まるため策略を巡らす。


この世界が、前の生で大好きだった物語からできていることは知っている。

どのようにストーリーが進むのかも分かっている。


神様に与えられし’バッドエンドメイカー’は、魔法ではない。

ただ、悪事が上手くいく可能性が非常に上がるという、<確率を動かす>能力なのではないかと推測ができた。

物心ついた時から、父や母、兄などなどに対して小さい悪事を働き、分かったことである。




招かれたお茶会の席で、ゲルディーナは静かに座っていた。

今日、初めて家の者以外に、かの能力を試すことができる。


(もうすでにバッドな種は蒔いたわ・・・)


両親が公爵家の威光をちらつかせ、見目麗しいゲルディーナは第一王子の婚約者最有力だったが油断はできない。

優秀で同じ年頃の令嬢はたくさんいるし、権力のある家だって結構ある。


だから、この時点で有力な王子妃候補の侯爵令嬢と辺境伯令嬢を泣かした(しずめた)


裏で手をまわしてとある侍女を買収。

センブリーという透明無臭の激苦い液をティーカップのふちに塗らせた。


それを口にしたまだ幼い二人の女の子たちは、とんでもない苦みに耐えられず、出された紅茶を吐き出してしまったのだ。まさか王家のお茶会で事件など起きないと思っていた大人たちは、少し離れたところにいて大慌てだった。


「なんということを!」

「まさか毒!?」

「すぐに医者に!!」


(毒ではないわ)


騒がしい外野を尻目に表情一つ動かさず、ゲルディーナは持っていたティーカップを置いた。

もちろん、そのふちにもセンブリーは塗られている。


(超健康になるだけよ・・・)


まあ、お子ちゃまにはまだ早いですけどね。


泣き出す少女を連れ帰ろうとした親たち。

それを鋭く止める声がした。



「お待ちください」



(マイアたん、登場)

淡々と、ゲルディーナはわずかに目を細めて声の主へ視線を移した。


「!!」


そして、驚愕する。


口をついて出そうになる悲鳴を必死で飲み込んだ。



天国で出会った恐ろしい<あの子>。



できれば同じ世界には生まれたくないと切に願ったあの願いを言った者と。



<ハッピーエンドが大好きなの>



再開をした。



 *



この場に<マイア>が出てくることを、ゲルディーナは知っていた。

とある物語、「名探偵マイア」の主人公にして名門伯爵家の娘。

マイア・ラグドール。


このお茶会の事件はマイア5歳。初めての名推理の巻に出てくる。


けれど、別にマイアがハッピーエンド好きなんて設定はなかったはずだ。

あの小説は意外とシリアスな展開も多かったのだから。


「このお茶にはセンブリーが入っておりますわ」


マイアは冷静に味を確かめてからそう言った。

ティーカップに塗られたのが毒でないと知っているからこそできる事・・・。

それこそがマイアが<あの子>である証拠だろう。

(よくあんな苦いもの舐めるわね)


ゲルディーナはほんの少しだけ不安に襲われた。

「一体誰がこのようなことを」

王妃様が不安げに呟いた。

もちろんゲルディーナの仕業である。

しかし、誰も彼女を犯人に指名することはできなかった。


’ハッピーエンダー’の能力を持つマイアでさえも。


マイアが強い決心を秘めたような瞳で見てきたが、ゲルディーナは素知らぬふりをして目を合わせなかった。

すぐに、彼女が命じた犯人だけがしっかり捕まった。

犯人の侍女はゲルディーナの存在すら知らない。

現時点ではだれもゲルディーナへ近づけない。


(確かこの後、犯人は牢獄で退場・・・)


それを皮切りに、ゲルディーナは悪役の道を駆け上がっていくのだ。


多少のペースは乱されたものの、その後もマイアの目をごまかすように’バッドエンドメイカー’の能力を使って、十数年ひっそりと悪事を働き続けたゲルディーナは予定通り断罪のシーンへ持ち込んだ。



やがて来る断崖で断罪。



「おーほっほっほっ!!!なんて愚かなる者たち。私の掌で踊り続けていたことにも気づかないで!!」



自分のやったことに全く後悔も反省もせず、ひとことたりとてあやまらず、王家の簒奪にまで手をのばし、やがてこれでもかというくらいのしっぺ返しと、鮮やかな悪行を追及されるバッドエンドシーン。


(ああ、なんてステキ!!)


マイアの悲痛な表情が、それに花を添えるゲルディーナ最大の見せ場である。

少しだけ気になったのは、しっぺ返しシーンが極々少なかったことと、本来ならばこの場面にはいなかったはずの王子と側近たちがわらわらと後ろにいたことだが。


「ゲルディーナ。嘘だろう!?」

ズタボロにしたはずの王子は身ぎれいなままだ。


「貴女があんな悪事に手を染めるなんて・・・」

宰相の息子がなんか落ち込んでいる。


「俺の未来を救ってくれたのに・・・」

救った覚えはナイ。

伯爵令息。


「世界を回ってみたいって言ってたじゃないか」

世界をこの手で回して見せるというような事は言った気がする・・・大商人の息子。


とりあえず突っ込むと長くなりそうだったので、キメのセリフに行くことにしたゲルディーナ。



「未練など、何もなくてよ」



「・・・・・」

マイア・ラグドールの目に涙が浮かんでいる。

(悔し涙、いただきました!)

ゲルディーナは勝ち誇ったように唇を釣り上げた。


ハッピーエンダー恐るるに(あた)わず。


マイアが幸せになるのは全く構わない。

むしろマイアたんが大好きだからだ。


(この先も推理、頑張って!!)


自分さえ、バッドエンドを迎えられたらそれでいい。


ブラッドウェル公爵家は予定通り断絶。


家族はみな空の彼方。



(私も)



さすがに少し感極まってゲルディーナは心の内で詫びる。



(ごめんなさいね・・・皆)



愛してくれた公爵家の人たちが、走馬灯のように現れては消えていった。



(私のために、ありがとう)



虚空を仰ぎ、崖を蹴る。

うれしさと悲しさとが入り交じり、その(まなこ)から美しく雫がはじけた。


(うれし泣きって、これなのね・・・)


瞬間、ドンという衝撃がゲルディーナの体に走る。


あるはずのない暖かさに自分の胸元をみれば、マイア・ラグドールがしがみついていた。


「一人になんて、させないわ」

「え・・・」


ゲルディーナの身はもう虚空へ投げ出されている。


(飛び込んできちゃったの?)


「ウソ・・・」


ゲルディーナを見上げたマイアは困ったように微笑んだ。


「本当よ」



 *



ちょっと幸せって思っちゃった。



この時、一発で決めていれば・・・。



この後98回も後悔することになるなんて、私は思いもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ