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第二幕 宿敵ハッピーエンドチート

知っているかい?


世界は物語の数だけあるんだよ。


ふくよかで温厚そうな神様は、満面の笑顔でそう言った。



 *



そもそもの始まりは、天国だった。


「うっかりして、まだ若かった君を天国へ呼んでしまったんだ」


悪びれた様子もなく、神様は<あの子>に話しかける。

なぜ、誕生を待つ天国でその様子を理解することができたのかといえば、<私>と<あの子>だけがそこにいた他の子たちより大きかったからだ。

私たちは17歳くらいの姿で、他の子たちは明らかに赤ちゃんである。

ここに来る前のことはなんとなく覚えているが、朧気でもあり、気づいたら白い霧に囲まれていて、晴れたらこの様子が見えたといった方がいいだろう。


「私がみんなより大きいのはそのせいなの?」


<あの子>は問う。

私は天国に生えていた大木の陰に姿を隠していたから、きっと自分だけが異質と思っているだろう。

「そうだね。この子らは記憶というものを持っていない。でも君はそのままなんだね」

「私、どうなるのかしら」

この奇妙な状況に疑問を抱くことなく話を進めているのはすごいと、私は素直に関心した。

神様は嬉しそうに答える。

「君が生前大好きだった小説があるだろう?あの世界は存在していてね、そこへ生まれてもらおうと思っているんだよ」

「本当?」

女の子の顔は喜びに満ち溢れていた。

「私、あの物語大好きよ!」

「それは良かった」

「小説の中の世界が存在するなんてすごい!」

神様は優し気に目を細めた。

「知っているかい?世界は物語の数だけあるんだよ」


そこへ君が行く前に、願い事を一つ、叶えてあげよう。


「うっかりのお詫びだよ」

神様はウインクを一つ、おどけて見せた。


フフフッと鈴を転がすように笑って、<あの子>は無邪気に言い放つ。


「わたし、ハッピーエンドが大好きなの!!だから、どんなバッドエンドも塗り替えられる力をください!!」


今思い出しても身の毛がよだつ。


ハッピーエンド?

とんだもの好きもいたものだわ。

この女の子とだけは同じ世界に生まれたくないと、その時思った。

(最悪同じ世界でも、別の国に生まれたいものだわ)

考えに没頭して少しだけ二人の会話を聞き逃したのがいけなかった。


ふと気づくと、<あの子>はぽつりと何かを呟いている。

「どうしても幸せにしたい・・・がいるの」

肝心なところが聞けなかったのだ。

「もちろん、いいよ」

神様は嗤った。ふくよかで穏やかな外見からは想像のつかなかった笑み。

<あの子>はうつむいてそれを見ていない。


宣託を告げるかのように、神様は朗々と言う。



「君に与える力は’ハッピーエンダー’。どんな悲しい終わりも奇跡のように幸せに変える力だよ。ただし、変えるためには君の考えと意思が必要だ。知識は自ら集めなければならないよ」



「話の筋を考えるような感じかしら?」

「そうだね。悪い方向へ行きそうなとき、どうしたら幸せになるのか考えるといいよ」

そうすれば君の能力が、きっと幸せに導いてくれる。

「わかったわ!!」

やがて<あの子>は門をくぐって見えなくなった。雲の下に、光線のようなまっすぐな光が下りて行ったのを私はじっと見つめていた。


恐ろしい能力ね。


でも、幸せな話に私は関係ないわ、と私はすぐに意識を切り替えた。


しばらくすると私の番が来る。

神様の目の前に立つと、あろうことか彼女にいったのと同じことをのたまったのよ。


お詫びだと同じ風に神様は言った。


「私、あの物語大好きよ」


だから、私も同じ風に答えたのだ。

そこまでは、ね。


「敵役の彼女が断罪されるシーンが特に好き。バッドエンドが好きなのよ。だから、生まれ変わったら私も断罪されるの!!」

だって私はここに来る前は大のバッドエンドファン。<彼女>が断罪されるシーンを自分が成り代われたらと、何度思ったことか!

「怖くないのかい?」

「全然!」

「いいよ。君には悪逆非道を叶えられる’バッドエンドメイカー’という能力をあげる」

それと、あの物語の<ゲルディーナ・ブラッドウェル>にしてあげよう。

「ゲルディーナ!?本当に?」

「もちろんさ」


権力と、地位と名誉。たくさんのコインが君のものさ。手の内をさらさないよう細心の注意が必要だよ。でも証拠は残す狡猾さもいるね。断罪の幕引きの舞台は自分で用意することが必要だ。


「大丈夫かな?」

「わかったわ!!」

稲妻のように地上へ降りた私を見ていたのは、神様。


喜び勇んで地上へ向かうその瞬間、かすかな寒気を覚えて後ろを振り返る。


神様が、私を見ていた。


その顔がいたずらな子供のような、愉悦の笑みを浮かべていたのは、気のせいだったのだろうか?

<あの子>の前でも見せたあの’嗤い’。


98回時が巻き戻っても、忘れることはなかった。




 *




(あっの神様め!!)


5歳になったゲルディーナはフリフリのレースのドレスの裾を握りしめて、忌々し気に虚空をにらみつけた。


まさか<あの子>がマイアたんなんて。

彼女と私が好きな物語が同じだったとは・・・。


挿絵の無い小説。


どうりで<あの子>をみてもマイアたんとは分からないはずだ。

本の中身は推理陰謀もの。


少女たちが好きそうな舞台設定、貴族・イケメン・学園という舞台が揃っているにもかかわらず、ただひたすらに推理を必要とする事件が起き、幼少期のマイア・ラグドール伯爵令嬢がお茶会での事件を解決するのをかわきりに、学園編で公爵家の陰謀が描かれ、ラストは真の黒幕を暴き断罪するという恋愛要素皆無の物語である。


名探偵マイア。

学園編。

マイアVSゲルディーナというラストの話は圧巻だ。


(・・・・・)


<あの子>が好きなのはどう考えたって、ハッピーモード前回のお話って思うでしょうよ。


ゲルディーナはまだあどけない眉間に、思いっきりしわを寄せた。

あの話のラストは結局マイアがすべての陰謀はゲルディーナによって引き起こされたことを推理し、断崖の上で断罪。最後は口論の末ゲルディーナが海へ落ちていき、その行方が不明という何とも言えず後味の苦い話である。


マイア・ラグドールはその後、名探偵として名を馳せるが常にその時のことを思い出すのであった・・・という最後の一文が、さらにもやもやあおったという感想の多い話だった。


(仕方ない・・・)

ゲルディーナは呼吸を静かに整える。

(確かに恐ろしい能力だけど、あの子は私の能力を知らない)


なるだけ表に出ずに、ラストへ向かうわよ。


いかに’ハッピーエンダー’といっても、’バッドエンドメイカー’の存在すら知らないのでは対処もできないだろうと、ゲルディーナは思った。


終わってしまいさえすればそれでいい。


(ゲルディーナが退場するまでが、<私>の物語なのだもの)


この時。


ゲルディーナはまだ、知らなかった。マイアが一体何を望んでいるのかを。













「神様、私・・・。」



「どうしても幸せにしたい()()()がいるの」





ゲルディーナ・ブラッドウェルを、きっと幸せにする。

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