第一幕 最後の戦いのはじまり
ああ。
まただ。
またここへ戻ってきている。
暖かな春の日差しが差し込む大きな窓。
天蓋付きのベッドで、私を優しく穏やかな表情で見つめるまだ年若いお母様。
遠くから騒がしく聞こえてくる足音・・・お父様だわ。
「ゲルディーナ!!生まれたのだな!!!うおッ」
「旦那様、お怪我はございませんか!?」
「うむ。おしゃれな革靴のベルトがぶっちぎれただけだ。案ずるな」
「おお、なんと奇跡的な!!」
お父様と執事長のこのやり取りは初めてきいたが、この日、王宮の仕事を放り出して帰ってきたという話は、その後何年も語り継がれるのだ。
じきに学園を早退されたお兄様も、部屋へ飛び込んでくるでしょう。
執事も、侍女も、屋敷に仕えるものは皆。
皆・皆・皆!
私が生まれたことを喜んでくれている。
次期王妃。
この国を握るための最高の手札。
私、ゲルディーナ・ブラッドウェルが生まれた事を。
王国の裏で暗躍する、悪名高きブラッドウェル公爵家待望の女子誕生に沸く、今日この瞬間を。
私は知っている。
遠い昔、同じようにうれしかった。
だってずっと望んでいたのだもの。
神様に約束された<力>を持ってこの世界に降臨し、悪役の頂点となり、悪逆非道を尽くし、やがて断罪を迎える最高に面白い人生!
けれど現在、私の気持ちは深く深く、沈んでいる。
98回目の敗北。
ありとあらゆる悪事を起こし、なおかつ断罪されるという’’バッドエンドメイカー’’という稀代の力を持ちながら、98回も負け続けている。
「ほぎゃああああああ!!!」
私は泣いた。
とうとう99回目に入った。
「まあ、まあまあ・・・ゲルディーナ。どうしたの?」
お母様が驚いたように問いかける。
「私のかわいいお姫さま」
しかも質の悪いことに、非常に中途半端な終わり方をして命を落とすことはあっても、一度も誰からもとられていない。
断罪なしのゲルディーナ。
見せかけの断罪。
なんちゃって断罪。
こんなのは私の望む終わり方じゃない。
幸いなのは完全敗北ではなかったということくらいか。
そういう意味では<彼女>もまた、納得はしていないのかもしれない。
第1回目が終わる間際、あの子はこう言っていたのだから。
「私、あなたのこと幸せにしたいと思っていたんだよ・・・」
第98回目の終わりはこうだ。
ねえ。
笑ってよ・・・。
ゲルディーナ。
「ほんぎゃああああああああ!!!(よけいなお世話よ!!!)」
「元気なお子でございます、奥様」
侍女長が満足げにうなずいている。
悪逆の限りを尽くしたのに、どうやってもバッドエンドにならない。
どうやっても、何を選んでも、どこへ進もうと、あの子が現れてハッピーエンドに変えてしまうの!!!
ふーっ、ふーっと肩で息をしながらゲルディーナは、前方を見据えた。
でも。
きっと。
しかしこれがきっと最後の戦いになるだろう。
そういってもう98回繰り返しているけれど・・・。
今度こそ、終幕の予感がするのだ。
今生,、私が産声をあげた瞬間、黒雲が空を覆い雷鳴が響き、どしゃ降りの雨が降りそそいだ。
カラスが鳴き、我が家の黒猫が子黒猫を6匹連れて部屋に入ってきて、駆け込んできたお父様のおしゃれな革靴のベルトがぶっちぎれたのなんて、今まで一度もなかった。
「あぶう(なんて縁起の悪い)」
*
ゲルディーナはやっと泣き止むと、赤子とは思えぬほど無の表情になった。
「あら、大きい方がでちゃったかしら?」
「奥様、まだお生まれになったばかりですよ」
小さな方ではないでしょうか。侍女長が生真面目に応える。
(・・・・・)
二人の失礼な会話は置いておくことにして。
ゲルディーナがこうなったのは、生理的作用ではない。
脳裏を横切るほのかに光を放つような可憐な少女。
マイア・ラグドール伯爵令嬢を思い出したからだ。
ゲルディーナ・ブラッドウェルにとってのラスボスにして最凶の力、あらゆる逆境不幸を覆す’’ハッピーエンダー’’を与えられた者。
愛称マイアたん。
憎みたいのに憎めない。
嫌いたいのに嫌えない。
超絶かわいい女の子。
それでも。
「だ(私はきっと、貴女に勝つわ)」