序幕
ねえ・・・笑ってよ。
ゲルディーナ。
*
「ウソ!ウソよ!!!」
ゲルディーナ・ブラッドウェルは小さな子供がいやいやをするように、頭を激しく左右に振った。
「私じゃない!!」
見開かれたその瞳には、彼女がこの世で最も恐れている<少女>の姿が映っている。
「私はそんなこと、やっていない!!!」
*
(なんで?なんでこうなったの!?)
ゲルディーナ・ブラッドウェル公爵令嬢は恐怖した。
何か、手に負えぬ巨大な力が己を締め付けているかのような幻が見える。
彼女は確かに宰相を陥れたはずだった。
障壁になりそうな婚約者に不正を擦り付けたはずだった。
優秀な侯爵令息、勇気ある伯爵令息、賢い大商人の跡継ぎ。
自分でも恐ろしく感じるほどにど汚い手を使って、全部全部退けたはずだったのに!!!
彼らの愛するマイア・ラグドール伯爵令嬢すらも・・・。
(セオリー通りに、でっぷり肥えた伯爵の後妻へねじ込んだはずなのに!!!!!)
訳も分からず体が震えだす。
(どうして!?)
「ゲルディーナ・・・。君が国と民を思ってやっていたことは調べがついている」
<元>にしたはずの婚約者。
「キャストライト殿下・・・」
なんで、婚約者に返り咲いているのか?
しかも、断罪されるはずのゲルディーナが、だ。
「再びクライドと」
熱を帯びた第一王子の目線がゲルディーナを捉えている。
「呼んでくれないか」
(ゼッタイ嫌よ!!)
「ゲルディーナ」
「ふっ・・・・、くっ」
こらえきれなくなった涙が頬を伝う。
彼女の中の感情は、敗北と恥辱。
それなのに。
周りから見ればそれはそれは幸せそうに、婚約者の腕の中に納まっているのだ。
断ることは、突き放すことは、できなかった。
(また・・・)
「愛しているよ」
(また、マイアたんなの?)
「私・・・」
言葉は続かなかった。
負けたのね。