憧物欲愛 参 その1
薄暗い部屋。
畳の匂い。
和室。
そして、異様な光景。
異様とは、、、?
たった一人の、16歳の少女を、屈強な男たちが五人掛りで抑えている。
畳の上に俯せに、両腕両足をそれぞれ一人づつが体重を掛けて抑え込んでいる。
さらに胴の上には男が跨り、少しでも動いたら遠慮なく拳を叩きつける役目を担っていた。
俯せにされた格好、それでも逆らうように首を擡げて正面に座る男を睨む。
佐守鉦倫。
正面に座る、男の名。
今すぐにでも殺したい男の顔を睨むその顔は、確かに、年相応のあどけなさを持っていた。
そのあどけなさとは正反対に、一般社会からのドロップアウトを誇示するよう、左眉、小鼻の縁、唇、耳には無数のピアスが揺れている。
揺れている理由は、今の今まで暴れまくっていたからだ。
暴れまくった理由は、少女が睨む男、鉦倫を殺しに来たからだ。
どうして鉦倫を殺しに来たかと言うと、、、。
「落ち着いたか?」
声を、掛けられた。
そう言われて、落ち着けるハズもない。
男たちに抑え付けられながら、少女は強引に身体を揺らす。
そんな行動に出れば、ほら、四肢はより強い力で抑え付けられ、間接と骨が軋む。
細い腰に跨った男からは、背に遠慮の無い拳が二度、三度と打ち降ろされた。
咳込む。
咳と一緒に、血が畳を汚す。
それでも、睨んだ。
それが少女に出来る、唯一の抗い。
「そんな怖い顔せんとってくれや。ビビってなんにも話されへんようなるわ」
ふざけた顔で言う、ハラ立つ言い方。
まだ睨む。
睨み続ける少女に、鉦倫は声のトーンを落として言った。
「俺の話しは、ちゃ~んと聞いたほうが良えぞ」
言いながら、近づいて来た。
「ちょっと調べさせてもうたんや」
男の臭い足先が、抑え付けられた少女の鼻先で止まった。
「小石川んとこの末っ子ちゃんなんやてな。知らんかったわ~」
ここまで近付かれると、視界は鉦倫の足先だけになる。
いや汚い。
鉦倫は言いながら、屈んだ。
俗に言う、うんこ座り。
少女の視界いっぱいに、鉦倫の股間。
いやいや汚い。
突然髪を鷲掴みにされた。遠慮の無い力で、首を捩じ上げられる。
もちろん背には、拳を叩き込んだ男が乗ったまま、、、。
呼吸もまともに出来ない少女の額に、鉦倫は自分の額がひっつくほどに顔を近付けた。
「教えといてもらわんと困るわ。上水流から依頼来た時、自分とこの術師にどんなん居んのんか知らんのか? ってクレームになるやろが」
鉦倫の臭い息が、まともに掛かる。
対する少女は、、、睨む。
鉦倫は憎悪と苦痛に歪む顔に、興奮しているようだ。
少女を抑え込む男たちも同様に興奮していた。
特に背に乗った男は、まだ拳を撃ち込みたくてウズウズしている。
異様な光景。
少女の瞳に、薄っすらと涙が滲む。
その顔を充分に堪能してから、鉦倫は少女の髪を掴んだ手を離した。
立ち上がり、廊下に続く襖の方へ合図を送る。
と、そこにまた新たに男が現れた。
背の高い男。
軽く180センチは越えている。
体躯も堂々としたものだったが、他の男たちとは少し様子が違った。
鉦倫に雇われた身。
他の男たちと、同じ立場。
逆らえない身分。
だがしかし、16歳の少女を率先して甚振る感覚を、この男は持ち合わせていない。
このシチュエーションを見て、興奮も出来ない。
純粋に、嫌悪感を抱いている。
男たちに、、、。
自分の雇い主である、鉦倫に、、、。
彼の境遇で考えれば鉦倫に染まってしまった方が楽だったかもしれないが、どうしても同じように笑えない自分が居た。
鉦倫が発する冗談も、行動も、同調できない。
同意できない。
鉦倫が発する言葉に頷いたり、自ら賛同する同僚たちにも気持ち悪さが湧く。
コイツらと居ると、気分が悪い。
背の高い男がいつも感じているのは、『コイツら、おもんない』だ。
それが、彼が仕事で苦悩する原因でもあった。
入って来たその男は、手に手錠を持っていた。
自分の思いとは裏腹に、鉦倫の指令をこなそうとする自分もいる。
仕事だからだ。
生きていくためだ。
自分のキライなところだ。
、、、鉦倫から言われた事はやらなければならない。
視線を、少女を抑えている男たちに向けた。
それを合図に、腕を締め上げていた二人の男が呼吸を合わせ、背に乗る男が退いた瞬間に抑えていた腕を背中側に捻り上げる。
新たに現れた背の高い男は持っていた手錠を、淡々と少女に掛けた。
「小石川に“童子”が出たんやったら、ちゃんと言うといてもらわんと、、、起こせ」
最後の言葉は、手錠を掛けた背の高い男に言った。
言われた男は、鋲付きの革ジャンを力任せに引き上げる。
軽々と身体ごと持ち上げられた少女は、ちょこんと畳の上に座る恰好になった。
正面の男を、体勢を変えても睨み続ける。
背に乗っていた男は、少女が睨む男を護衛出来る位置に素早く移動。
背の高い男の、革ジャンの襟首を掴んでいた手が、緩む。
両手は使えないが、少女は衣服を整えるような仕草で小さく首を振る。
その動きで、状況を素早く確認。
背後に三人。
左右に一人づつ。
そして前に、護衛役の男。
その少し後ろに、殺したい男。
宗興寺の住職、佐守鉦倫。
術師集団を取り扱う、術屋の元締め。
取引先は、主に上水流家。
言わずと知れた、四術宗家の一角。
上水流家に依頼があった仕事を、割り振って貰う。
上水流家の術師が足りないとか、わざわざ出るまでもないと判断した依頼を振って貰う。
お金も貰う。
言わば下請けだ。
表向き寺の格好を取っているのは、檀家の口コミや情報で、個別でも術屋系の仕事等を扱うからだ。
神事系から憑物の御祓い事までなんでもやる。
術に関係の有るモノは、何でも扱う。
そのためには、寺の形が丁度良い。
また、檀家のネットワークで各家庭の噂話も入って来る。
そこで、能力がありそうな素材を見つけたら、監視の目を付ける。
少女の家、小石川家ともそういうのがキッカケで、五十年ほど前からの付き合いだった。