憧物欲愛 壱 その4
解ってるが、眼を離せない。
腕を元に戻そうと意識をそちらに向けたら、スグに攻撃を仕掛けてくるに決まってる。
解ってるが、この距離では一秒掛からずに攻撃を受ける。
ス、、、と退がると、同じ速度でス、、、と、モコが同じ距離を詰めて来る。
右に動いても、左に動いても、鏡のようにモコが毘袁の動きに合わせてくる。
視線を、、、意識を逸らせた瞬間に、一発お見舞い出来る距離。
間合いの取り合い。
その間にも、実際の腕と弾き出された腕を繋ぐ糸が、どんどん切れていく、、、。
哺繼、、、。
哺繼、哺繼、、、。
間違いなく、この糸はブラフでは無く、意味のあるモノ。
その証拠に、毘袁を見るモコのニヤニヤが止まらない。
そして、、、。
モコが両手を、だらりと下げた。
「??」
今度は右腕を前に伸ばし、毘袁の左腕を指す。
「糸、、、全部切れたな」
「?!」
――だから何だ?
「三秒やる」
「、、、?」
不意に後ろを向くモコ。
後ろ向きでも毘袁に聞こえるくらいの声で、数をかぞえ始めた。
「い~~~~ち」
――チャンスか? 何だ?
思考が混濁してしまう毘袁。
背中を向けるモコを襲うより、、、。
――腕が先!
「にぃ~~~い」
さっき喰らった時のように、二本になった腕を重ねる。
念じる。
――動け!
「???」
反応しない。
何となく、答えは解かっていた。
――糸が、、、
幻と現実を繋ぐ糸が、全部切れている。
解っているが、理解したくない。
現実が、毘袁を襲う。
――動け!動け!動け!動け!動け!!
「さぁ~~~ん」
数え終わると、モコがこちらを向いた。
毘袁も、モコを見ていた。
視線が、合う。
「?!」
毘袁は、解りたくない“答え”に辿り着いてしまった。
それをハッキリ解らせるように、モコの拳で弾き出された薄い部分が、幻のように消えていく、、、。
毘袁を見つめるモコは、やっぱりニヤ付いていた。
「ほな、再開しよか」
突進。
モコの攻撃が毘袁を襲うが、当の本人の思考は全く別にあった。
――腕が動かない、、、腕が動かない、、、腕が動かない、、、腕が動かない、、、腕が動かない、、、腕が動かない、、、腕が動かない、、、腕が動かない、、、
鍛えられた唱僧の毘袁がここまで動揺するのは、糸が全部切れたと同時に、薄い色の腕が消え行くのを視覚的に観せられた所為だ。
残ったのは、自分の意思が全く届かない、感覚の無い腕。
――腕が動かない、、、腕が動かない、、、腕が動かない、、、
もう解ってる。
解ってるが、もう、自分の腕が、、、。
――腕が動かない、、、
今は戦闘中。
半身で受けるしかない、モコの攻撃。
――腕が動かない、、、
不意に、軽い蹴りが左足に当たる。
「あぁ!???」
その足から、薄い足が弾き出された。
――け、蹴りでも、、、?!
毘袁の思考が荒れる。
――足が、動かなくなる! ダメだ! 足を、、、!!
重ねて、念じる。
念じれば、スッ、と簡単に感覚が戻り、足は動く。
――やっぱりスグに念じれ、、、ば?!
視線を上げたところに、モコの拳があった。
左眼に喰らった。
マトモに喰らった。
眼底骨折。
「くそっ」
強引に右眼を開ける。
見た。
モコの攻撃は、止まらない。
拳が眼の前に、、、!!
――ガード、、、! 右手まで使えなくなったら?!
恐怖が、毘袁の動きを鈍らせる。
迷いで遅くなったガードの隙を、モコの拳がすり抜ける。
顎にヒット。
揺れる脳。
フッと力が抜けて、その場に片膝を付く毘袁。
その立てた左膝に向かってローキック。
「ああああ、、、!!!」
足が、、、薄い足が、飛び出た、、、。
「も、、戻さんと、、、早う重ねて、、、!」
飛び出た足を見ながら、必死に念じる。
殺気。
その瞬間、毘袁の視界いっぱいに、モコの膝があった。
潰れる音。
鼻が、ひしゃげる音。
毘袁の首が仰け反り、そのまま身体ごと後ろに倒れた。
「あ足、、、足足あ俺のああ足、、、」
痛さより、足が動かなくなる恐怖が勝っていた。
首を起こして、足を見る。
――糸は、、、まだ二本繋がっている!!
そう思った時、顔面を靴底が襲う。
遠慮のない力が口を踏み付け、毘袁の後頭部をコンクリートに叩きつける。
「が、、、!ゴホゴホ、、、」
喉に詰まった前歯を、血と共に吐き出す。
幾度か咳をしながら、口の中に溢れた血を吐き出すと視線に気付いた。
モコが、上から見下ろしていた。
「足の糸、、、全部切れたで」
その言葉に、痛みを忘れて上半身を起こす毘袁。
慌てて自分の足を見る。
濃い足と、薄い足を繋ぐ糸が、、、全部、切れてる。
意思が伝わる方の薄い色の足が、消えていく、、、。
「足、、、俺の足、、、もう、、、」
絶望、、、と言う言葉では足りない思いが渦巻いた。
色を失った眼、、、毘袁の視線が定まらない。
無防備の側頭部に、モコの廻し蹴りが入る。
幸せな事に、毘袁の意識がそこで途切れた。
くるっと反転し、モコは金属バットを肩に担ぐ美少女のもとに行く。
「おユキ、そろそろ行かんと騒ぎに気付い、、、て、、、て?」
ユキオンナの足元で転がる男を見て、モコは驚いてさらに呆れかえる。
「ん?」
振り返ったユキオンナの表情を見て、モコはダメだと頭を抱えた。
完全に興奮状態。
眼が、イっちゃってる。
「おユキ、もええから、行こ」
「え? コイツまだ生きてんで」
金属バットで指し示された魯甫の、四肢が無かった。
何でこうなったかは、簡単に想像がつく。
ユキオンナと呼ばれる女の拷問好きは、ちょっと引くくらいのヤバい性癖。
手足を砕かれた魯甫の精神が、崩壊していた。
涙、涎、血を流し、精神が壊れている。
あれはもう、痴呆の表情だ。
「今新手来たら、ちょっとしんどいわ。それにほら、、、」
ハイルーフの運転席に、視線を送る。
「FF助けたらんと、圧死すんで」
「ん~~、FFは死んだらちょっと嫌やな」
「そやろ? 早よ助けたろ」
二人は運転席へ廻り、何とかFFを車外へ引き擦り出す。
意識を朦朧とさせるFFに、肩を貸すモコ。
さぁ行こうとしたら、あの女が、手足を砕かれた男にまた近付いていた。
「ユキ!」
震えて、怯える魯甫にお願いしていた。
「生きてたら、偉い人に言うといて、、、」
耳元に、可憐な唇を触れるほど近付ける。
「また来るわ」
ごめんごめんとモコに舌を出して謝ると、FFを挟んでモコの反対側に立ち、同じように肩を貸して歩き出していた。