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カ・ル・マ! ~水の中のグラジオラス~  作者: 后 陸
水の中のグラジオラス 三の章
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策束静巡 弐 その4

 見覚(みおぼ)えのある下級生に声を掛けられた。


 「松榮(しょうえい)さん、今日の“お見廻(みまわ)り”、ボクがやりましょか?」


 知っている。

 松榮の記憶に残っている。

 野外活動で同じグループに振り分けられた時、自分から自己紹介して来たので憶えている。


 真面目で上級生の言葉をキチンと理解し行動できる、よくできた下級生。

 先生たちの覚えも良い。

 木村顕正(けんしょう)


 「なんや顕正、(かわ)ってくれんのか?」


 松榮の問いに、愛想の良い顔で顕正が答える。


 「松榮さん、ちょっと調子悪そうですやん」


 良い、後輩だと思う。

 先輩への気遣(きづか)いが出来るなんて、イマドキ珍しい。

 それだけで松榮は顕正を気に入った。

 確かに今、風邪気味(かぜぎみ)で関節が痛い。


 (せき)も出る。

 (ねつ)っぽい。

 それに寒い。

 しかも夜。

 外になんか出たくない。

 お見廻りなんて行事、クソくらえ。


 松榮の、心が揺れる。

 (かわ)って貰いたい。


 顕正が言ったお見廻りとは、高野山にある117ヶ所ある寺の中から高僧がその日ランダムに決めた55ヶ所の寺を見廻る、山内警備の(ぎょう)

 松榮は何回かやってるが、形式的な『火の用心』みたいなモノだ。


 当日、(ぎょう)が始まる直前に渡される紙に(しる)された寺を歩いて見て回るだけの、時間の無駄的な(ぎょう)

 有意な点を()いて()げるとすれば、今や高野山の宿坊は観光名所、観光客が勝手に出歩いていないかとか、撮影禁止場所で隠れてカメラを動かしてないかとか、重要な文化財に悪戯(イタズラ)してないかとかの見廻りだ。


 松榮的には、つまんねー役回り。

 警備員を雇えば良いのにって思う。

 夏ならまだしも、年末の冬。

 しかもこっちは風邪気味。


 加えて松榮にヤル気が出ないのは、2~3日前から何故か観光客の姿が見えなくなっていたからだ。

 誰も居ないのにお見廻り。

 それが余計に、松榮のヤル気を無くさせていた。

 つまり、、、めちゃめちゃ嫌になってた。


 そこへ優しい後輩、顕正。

 うれしい。

 うれしいのだが、、、。


 「そやねんけど、知ってるやろ? お見廻りは、“認可された者”やないとアカンねや。それくらい知っとるやろ」


 そう言われるのは解ってましたと言うくらい、待ってましたの反応。


 「、、、実は、ボク、仏具ヲタクなんで、一回見てみたいんですわ」


 と、顕正が五万円を出した。

 意味は、解かった。


 お見廻りとは本来、何を見廻るのか?

 さきほ松榮が言ったのも理由ではあるが、本来はお寺に奉納(ほうのう)されている貴重な仏具や仏像、俗に言う“宝具(ほうぐ)”の確認だ。

 当番制になっており、宝具を預かった寺がちゃんと見張りを立てて管理をしているのかどうかを見廻るのが本来の目的。


 どこの寺をお見廻りするのかは、当日、担当者にしか解らない。

 抜き打ちチェック。

 なので毎回ランダムに55ヶ所を見廻ることが、117ヶ所の全ての寺に少なからず緊張感を保ち管理の意識を高めていると言えた。


 そして寺に納められている宝具は、どれも歴史上、大変価値のあるもので値段の付けられないモノが大半だ。

 確かに、ヲタクと呼ばれる者にとっては(よだれ)ものだろう。


 「そうか。後学(こうがく)のためには、必要かも知れんな」


 松榮は、右手を出して五枚の札を早く渡せと指を小さく振る。

 顕正は素早くまとめて畳んで、渡した。

 外に出る支度をしていた松榮は『これを着ろ』と、自分の名前の入った防寒着を顕正に渡した。

 お見廻りの時に着る、決まりの防寒着。


 「お見廻り終わったら、いっかい俺んとこ戻って来い。変わった事無かったか、念のために聞くわ」

 「解りました。じゃあそれまで、ゆっくり寝といてください」


 案外、簡単にいった。

 金の力は偉大だ。

 噂通り、松榮という先輩は真面目だが金に弱い。

 なので別段、顕正は風邪をひいてるタイミングなどとは考えて無かった。

 それはたまたま、、、。

 考えていたのは、五万円で足りるかな? だった。


 防寒着を着た顕正が、外に出た。

 、、、寒い。


 吐く息が白くなる。

 歩き出す顕正、寒さで少し猫背になっていた。

 夜の11時半過ぎ。

 見上げる。


 月。


 妙に光る月が浮かぶ寒空(さむぞら)の下、クソアホ息子の言葉を思い出す。


 「、、、大圓院」


 思い出して、(つぶや)く顕正。

 そこに、空海の密秘が、眠っている。



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