憧物欲愛 壱 その1
男はずっと、ハイルーフの車のハンドルを握っていた。
缶コーヒーを相棒に、車を走らせ続けている。
香川県善通寺市から、、、住職が凍った場所から、休みなく運転中。
サービスエリアで二度ほど止まってトイレに行ったが、女二人は後部座席でグースカピースカしたまんま。
一般道に入ってもなかなか目を覚まさず、国道480号線で右に左に揺られてやっと起き出した。
「気分悪い、、、」
それが、第一声だった。
「どこ走ってんの?」
後部座席から聞いて来たのは、黒い長髪をてっぺんで纏めた凛々しい風貌。
アイラインも、くっきりハッキリ濃い。
正に、オトコマエな女。
EG使い、“くれいじー・モコ”。
モコが聞いたのは、運転する男。
その男もEG使い。HNは“ファイヤーフォックス”。
知り合いは、略して“FF”と呼ぶ。
「やっと起きたんか。もう和歌山やで」
「へ~、、、」
適当な相槌を打ちながら、身体を起こした。
窓から外を見る。
「真っ暗やな」
「もう朝やっちゅうねん」
モコが左腕に付けたアップルウォッチを見た。
FFは車の時計を見た。
「でもまだ四時半だぜ、、、」×2
FFが、おっ! と表情を緩めた。
ルームミラー越しに、モコの顔を見ていた。
「懐かしいフレーズ!」
「えぇ? FF知ってんの?」
「知ってる知ってる!」
「へ~。仕事以外あんま話さんから、まさかやわwww」
笑うモコ。
FFも笑う。
「俺もまさかやわwww」
モコが後部座席で伸びをする。
横目で、シートに上半身を寝そべらせた美少女を見る。
人間を凍らせた、、、美少女。
「起こそか、、、」
FFがモコを止めた。
「おユキは、着いてからでええんちゃうか」
「そうか、、、」
モコが、寝ている美少女の顔をマジマジと見ていた。
「こん娘も、寝てたら美人さんやのになぁ、、、」
眼を閉じた貌は清廉潔白、どこぞのお嬢様なんて感じに見えるのに、眼を開ければ常に獲物を探し、捕まえては拷問する完全なるサイコな女。
そんな危険な美少女と、何でツルんでいるのかと言うと、、、。
話しの途中だが、FFが叫んだ。
「ヤバい!」
揺れる。
地震?
車の中では分りにくいが、路面を伝えるハンドルから違和感がFFを襲う。
地面が揺れている。
地震か?
瞬間的に、FFは違うと感じた。
――これは、念や!
これは確実に、EG波とは別の波動。
「高野山の術師!!」
走る道路の前方に、突然巨大な壁が現れる。
土の壁。
当然、急ブレーキ。
モコは顔面を、前のシートにしこたまぶつけた。
ベルトを締めずに寝ていた所為だ。
「アカン!」
その言葉通り、突然現れた壁にぶつかるハイルーフ。
急ブレーキよりも強烈な衝撃が車内を襲う。
壁にぶつかった反動で、ハイルーフのリアが高々と持ちあがる。
エアバッグが膨らんだ時には身体を強張らせていたFFも、衝撃に気を失う。
早朝の澄んだ空気の中に、鉄のひしゃげた残音だけが糸を引いていた。
よく爆発しなかったもんだと思うほど、ハイルーフの前が凹んでいる。
エアバッグから空気が抜けていくが、ハンドルがFFの胸を圧迫していた。
壊れた前部とシートの間に挟まって、自力では出れそうにない状態。
気を失っている口から、血の混じった涎を垂れ流していた。
突然現れた壁は役目を果たしたのか、朝靄に溶けるように消えた。
地面からイキナリ生えた壁。
なのに道路には何も残っていない。
消えたと言っても痕跡くらいは有りそうなモノなのだが、そこには何も無かった。
見た目、ハイルーフの単独事故。
だが、何にぶつかったのかが解らない。
ぶつかった相手がいない。
これが、理屈に合わない事故。
少し前なら、こういった事故・事件は一般鑑識の理屈にハマらないので、現場検証後、警備第三課特別処置班に回され、秘密裏に波働課長の案件となっていた。
それが今では、すぐさま情報通信局情報技術解析・対策課及び警備局警備運用部警備第三課特別処置班合同特別特殊電波対応係、通称“デンタイ”の案件だと、警察内では誰もがその存在を理解していた。
今回も誰かが110番通報で警察に連絡を入れれば、そうなる。
、、、が、コレは違うようだ。
処理係が、ちゃんと居るようだ。
消えた壁の後ろに、いつの間にか四人の男が立っていた。
前部がへしゃげたハイルーフに一瞥し、近付いていく。
「ほんまに来よったで」
「情報通りやったな」
四人は自然と二人ふたりのペアになり、前を歩いて行く方の会話が続く。
「EG使い、ムカつくのぉ!」
四人とも頭を丸めて、作務衣を着ている。
ハイルーフの、前まで来た。
運転していた男を確認。
フロントガラスが砕けているのでハッキリ目視できた。
動かない。
FFは、完全に気を失ってる。
「こいつが住職殺ったヤツかな?」
「三人組やろ? あと二人居るハズやで」
二手に分かれて、ハイルーフの両サイドに立った。
「せーのっ!」
壊れたスライドドアを、力づくで開ける。
開いた両サイドのドア。
車内には、女が二人。
項垂れるようシートに沈んでいる気の強そうな女と、シートから落ちて床で横になっているアイドル級の美少女を見つけた。
「コイツらが住職を、、、?」
四人は、二人の女性を見下ろしていた。
見下ろしながら、信じられなかった。
女性があんな非道い殺し方が出来るのだろうか?
百歩譲って、こっちの気の強そうな女なら分からんでもないが、こっちの可憐な美少女は多分、コイツらに捕まって連れ回されてるに違いない。
そんな勝手な童貞の思い込みが、四つの坊主頭に浮かんでいた。
運転手と同じく、女は二人とも気を失っている。
確認して少し気が緩んだか、作務衣姿の一人が膝からその場に崩れ落ちた。
慌てて、ペアになっていた男が手を伸ばして支える。
「大丈夫か?」
「あ、、、あぁ、、、」
横で支えてくれた男に感謝しながらも、手で大丈夫というジェスチャーをする。
車体を挟んで、それを見ていた男も声を掛ける。
「澄宗、しんどかったらもうオマエは休んでええぞ。あんな壁出したんや。念を一気に使ったんやから、しんどうて当たり前や」
そう言うと、横で肩を貸そうとしていた男に、ほら。と促す。
「勘空、澄宗連れてったれ。コイツらの処理は俺と魯甫でするわ」
澄宗と呼ばれた男は、申し訳なさそうな顔をした。
「しゃーけど、ちゃんと終わるまで四人でやらんと、、、」
「かまへんかまへん。もうコイツら気ぃ失っとる。後は身分の解るもんあったら取って、車ごと焼くだけ。スグ終わるわ」
「、、、それやったらええけど、何かあったら怒らえるんは毘袁やで?」
真面目過ぎる澄宗の性格が、気遣う言葉を掛けて来た毘袁を反対に心配する声になっていた。
四人の中では、毘袁が班長になっているからだ。
そんな澄宗に、毘袁は冗談混じりに返す。
「ええって。ホンマはな、女の身体を身体検査すんのんて、寺に居る俺らにしたらボーナスステージやん? これは譲られへんなぁ」
場を和ませる毘袁の冗談に、澄宗もやっと納得したようだ。
「解った。ありがとうな」
毘袁は勘空に支えられ、先に宿場に帰る澄宗の背中を見送った。
再び車内の二人に、視線を戻す。
「ほんで、主犯は誰や?」
運転席の男か?
後部座席で気を失ってる、二人の女のどちらかか?
マジメな顔をしていたが、魯甫と呼ばれた僧がその空気を壊す。
「毘袁、そんなんもうええやん」
「、、、ええって何やねん?」
「どうせ燃やすんやし、誰がとか、どうでもええやん」
なるほどな。と、毘袁は納得してしまった。
どうせ今から焼くんやから、ホンマどうでもええやん。となった。