偽風道落 陸 その2
大下係長。
“オジ專”まゆらの、お気に入り中年。
そのくせ同級生の男子に見つめられるだけで、スキって言いそうになるおかしな自分も居る。
――あいや、誰でもって事ちゃうし!
自分で自分に言い訳する脳内パニック。
振り解こうとする流の手が、優しくて払えない。
これがそこらへんのヤツなら強制催眠で何とでも出来るのだが、この流に対してはそれが出来ないって事は百も承知。
「まゆら、またあそこへ行くん?」
「ちゃう。今回は和歌山の、、、いや~~ちゃうちゃう! あんたは知らんで良えねん!」
必死に否定すればするほど、まゆらの事が心配になる。
「どっちにしろ、危ない事に変わり無さそうやな」
なんて優しい眼で見て来るのだろうと、流の眼を見つめ返す。
流を見ているのに、うっすらとした係長の頭髪を思い出す。
「、、、それが、あぁしの仕事やし」
ハッ、とまゆらが急に声のトーンが上がり、流に話し始めた。
「仕事って言うたらな、あぁし、警察の特別顧問みたいなヤツになってん」
怒りモードは何処へやら。
この話題は流暢に話し始めるまゆら。
「デンタイっていうトコやねんけどな、あぁしな、そこで必要やねんて」
「へ~。どんなとこ?」
「そこでな、働けんねん。もう働いとう」
「まゆらは警察官になったん?」
「爺ちゃんも、ママも関係無くってな、ちゃんとあぁしが働いてお金貰えんねんやんかぁ。凄ない?」
噛み合わない会話。
四ヵ月前と同じ。
まゆらがノリノリで話し始めると、早口になって止まらない。
そういう時は決まって、、、ほら。
笑顔。
こういうのが、良い。
流は、こういう時のまゆらが、とても好き。
「凄いな~。まゆら大人じゃ~~ん!」
「え? あぁし、大人? マジで言うとう?」
「マジマジ」
にへへ、、、と笑うまゆら。
嬉しくて思わず掴まれた手を握り返す。
今まで握ってたくせに、反対に握られるとテレる流。
見つめ合って、笑って、流には、どうしても聞きたい事があった。
「あいつ、、、どうなった?」
流の記憶は、四ヵ月前で止まっている。
流の言う、あいつとは、、、?
まゆらが頭に浮かべたのは、、、。
「速水颯太?」
――そうや、、、速水颯太や、あいつに、、、
速水颯太が通っていた湊高校のトイレで、用具置き場から取り出したモップでボコボコに殴られたのを思い出すと、さすがの流も怒り心頭内心激昂。
「そう、、、あいつ」
怒りは湧くのだが、そのクセ何があったのかはよく憶えていない。
朧気な記憶では、最後にまゆらを見ていたような感じが、、、。
――速水颯太にやられた後、確かどっか、、、そうそう、次に気付いたら倉庫みたいな所で、、、そこでまゆらを見てた、んかな、、、?
流の脳内に、一つの記憶が強烈に甦った。
「左腕!!」
まゆらの左腕が、、、!!
そこで初めて、流はまゆらの左腕を《《ちゃんと》》見た。
――あれ? ちゃんとある、、、
この辺の記憶が、曖昧な流。
まゆらは気にせず、会話を続けた。
「入院しとう」
その言葉に、流は過剰に反応してしまっていた。
自分も、意識不明の重体だった。
「僕みたいに、ケガ?」
「うぅん、違う。精神病院」
「え?」
まゆらの言葉に、ちょっとビビった。
何か、取り返しのつかない事をしたんじゃないだろうな、、、。
「まゆら、、、が?」
「聞きたいん?」
頷く。
その時、まゆらの左腕が小さく震えた。
まゆらが、小さく微笑った。
「アカンわ。もう行かな。みんな待っとう」
そう言って、改めて視線を流に向けた。
「あぁしに、近付いたらアカンで」
「、、、え?」
急に、まゆらの雰囲気が変わった。
そこに同級生のまゆらは居なかった。
代わりに、ちょっと大人になった、まゆらが居た。
「あぁしに近付いたせいで、エラい事になったやろ?」
「、、、」
「次は、ホンマに死ぬかも知れんで」
まゆらが、背を向けた。
駅へと、歩き出す。
「しゃーから僕を無視するようになったんか?!」
――そうや
無視して、改札口へ。
「言うたやろ! 僕は死んでも良えって!!」
「!!!!!」
振り返った。
思い切り、睨んだ。
「まゆらのためやったら、それで良えって、、、」
ムカついた。
前にも怒ったハズだ!
軽々しく、そんな言葉を口にするなって!
流に言い返す言葉が頭に溢れ出すのに、口から出ない。
それでも何か言い返してやらないと、ハラの虫がおさまらない!
流に向かい一歩踏み出したその時、また、左腕が震えた。
――、、、解っとう、、、
まゆらの眼から、感情が消えた。
流に背を向け、身体を駅の方へ。
無言で改札を抜ける。
それでもう、まゆらは振り返る事をしなかった。




