99. 置き土産 天正12年3月(1584年)
まだ長安との雑談が続いています。
「そこでだ」
今度はこっちから話題を変える。
「ヨーロッパに一目置かれるためにも、そろそろ近代的な裁判制度が必要だと思う」
「そうですね。今のやり方では公平とは言えないですね」
現状、不満のある奴はそれっぽい書状を作って連合の町方や地方の事務所に願い出る。そこでそれなりの職位にある役人が訴えてきた人と訴えられた人双方の話を聞いて、法に照らし合わせて判断している。
一応、裁判のようなことをやっているわけだが、結果は上層部に事後報告され、『問題ないね、これで良いね』って感じでシャンシャンでまとまっている。公平性は担保されていない。
「私が北海道から帰るのは数年後になるだろう。それから始めるとちょっと遅い」
「でも、役人達にその制度を作れというのはまだムリだと思います」
「でな、藤十郎にやってもらえんだろうか? もちろん、長安の監督付で」
「え! ・・・」
考え込む長安。
「藤十郎は地球物理学を極めようとしています。私も学者にしたいと思っています」
なるほど。
「そこは諦めなくて良い。中世だからな。1人がいろんなことをやるのが当たり前だよ。ちょっと数年、裁判制度造りに取り組んでくれ。
厳密なものじゃなくて良い。運用しながら制度を成長させれば良いのさ。常に制度の改善に気を配るように、って関係者に擦り込んでくれればOKだ。
地物は当面余暇でやってくれ。制度ができたら大学校か国立研究所で本格的に再開すれば良い」
「はぁ。本人に聞いてみます」
消極的だが合意がとれたことにしよう。
「司法試験と検察、弁護士制度も合わせてよろしく頼むぞ。内務方に言っておく。
ついでに警察と消防ももうちょっと近代化してくれ」
「えぇ!!!」
「そうそう、前世の日本では警察と検察が暴走していた。最高裁判官には形式上国民審査があるが、検察は政府以外手が出せない。手柄が欲しくてえん罪事件を量産していたからな。
最初からすべての組織のトップを国民が弾劾できるように制度を作ってくれ。
そうだ! 前世では最高裁判官の国民審査も、制度ができてから1人もクビになっていない。すべての裁判官が立派なら良いのだが、制度が形骸化して機能していないのだ。
役に立っていない仕組みは見直す! っていう精神を明文化してくれ」
「そ、そうですか・・・む、難しいですね・・・」
よし、こっちに残った課題は大体目処がついたな。
北海道への出発直前。吉日を選んで姉りくと伊達政宗の婚約が執り行われた。親族が一堂に会する中、母上はとても嬉しそうだ。この時代の女性としては一つの目標達成だ。
政宗はまあまあしっかりした感じに成長していた。妹として挨拶したのだが、逆に私を上司のように丁重に返礼してくれた。荒々しさはとれたようだ・・・ こういう場だからか。
「ここに、南北に堤を作れ」
「え!? こんなところに?」
婚約式の参列ついでに挨拶に来てくれた竹林秋里に指示を出す。
指示し忘れていた。じゃなくて、忙しかったからあとで手紙で指示しようと思っていたのだが、今突然思い出して、じゃなくて、ちょうど良いから地図を広げてざっくり説明する。
「そうだ。そしてこの山の下に隧道を掘って多摩川につなげよ。大多摩用水路の取水口と合わせても良いぞ」
「! そんなことをしたらこの辺りは水浸しになります!」
「そうだ。湖を作れ」
「えぇ! 人の手で湖を作るのですか!」
多摩湖を創る。
ため池ぐらいならこの時代でも作っているが、ダムと人工湖となると前例がない。そりゃ驚くだろう。
前世で言うと場所は西武球場の南西だ。村山上ダムと呼ばれていた。
「水の圧力に負けないように分厚い堤を作れ。コンクリートを惜しまずに使え。南側のこの辺りは山が薄い。この南に発電所を造れ。隧道を掘って溜めた水を山の南側に引いて発電に使え。発電後の水は水道にせよ」
「は、はぁ。ここに住んでいる者達はどうするので?」
こういう狭い土地にもうっすらと人々が住んでいる。小さな村を作って細々と暮らしている。
それはそれで幸せそうだが、残念ながら大都市の近隣では許されないのだ。
アニメ映画の『平成狸合戦』で、のどかな村にブルドーザーが入っていった、あの哀愁だ。
あの村が多摩ニュータウン、前世の私のホームタウンになったのだ。感慨深い。
しかし、都市優先の考え方も傲慢かな。北海道に行ったらよく考えよう。
「総長を通して他の部署と調整しろ。不満が出ないように保証金を払ったり、堤の近くに記念碑を建てたりして村の名前を残してやってくれ」
「はい」
「それとな、その堤が完成したらその東にも堤を作って湖を二重にせよ」
「えぇ!!!」
村山下ダムだ。場所は西武園ゆうえんちの隣になる。
「こっちは高低差がないからな、発電には使えん。水道用だ」
「そんなに水道が必要なのですか?」
「ああ、要るぞ。都を造るからな」
「えぇ!!! みや・・・」
府中はもう手狭な感じがする。今後、連合から国家に脱皮するに際して、国会議事堂や最高裁判所などを建設しなければならない。
その場所は、府中よりも河岸段丘をもう一段上がったところ、前世で言う中央線沿いになる。ここは地盤は良いし、平たくて広くて使いやすいのだが、大人数が暮らすには水が足りない。だからダムなのだ。
地盤が安定していて地震や風水害が比較的が少なく、気候も安定している。だが、関東赤土ローム層で肥沃とは言えない。逆に言えば、都市を造るのに向いているんじゃないかと思うのだ。上下水道さえ確保すればな・・・
下水道。考えてなかった。取りあえず下水道自体はマンホールにせずに掘るだけの簡単なものとしよう。だが、汚水処理の方法を急いで考えなきゃ・・・
話を戻して、この世界の首都圏は武蔵府中・国分寺から東西に延び、さらには多摩湖の向こう側、狭山・所沢方面に拡大していくだろう。鉄道沿いに川崎、横浜方面も発展するだろう。
南側、前世の稲城市、多摩市、町田市は低いながらも山が多いのでしばらくお預けだ。稲城、多摩、八王子南部は将来きっと多摩ニュータウンになるのだ。
そしてやっぱり、町田は相模人が武蔵に向かうとき、最初に目指す街になるのだろうな。
竹林秋里:関東学校1期中退。くうの従兄弟。用務員を経て測量の第一人者になり、各地の地図を作成。大多摩用水路の測量から建設まで担当。
町田:小田急小田原線、小田急江ノ島線は町田を通って新宿に向かいます。小田急線沿線の若者が、成長とともに行動範囲を広げていくとき、いきなり都心に行くことに心理的抵抗がある人は、町田で慣らしてから都心に向かうという都市伝説があります。東海道線や横浜線、横浜市営地下鉄、相鉄線などの沿線の若者は横浜や川崎で慣らすようです。




