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8. 絆 永禄12年10月(1569年)

「翔?」

「ああ、済まない」


 父上が懐紙を取り出して涙を拭いた。屋敷を見ると、乳母と小姓からは父上が泣いている様は見えていないようだが、ちょっと心配そうだ。もっとも、私の視力はまだ1.0に満たないようで、庭から縁側にいる二人の表情までは読み取れないが。


「恥ずかしいな。感極まってしまったよ。気がついたらこの世界で赤ん坊になってた。ずっと孤独だった。やっと話ができる人が現れたと思ったら父さんだったとはね」

「ああ、そうだな。私もこの1年半ほど戸惑っていた・・・本当に翔なのか!? まだ信じられん」

「俺だって信じられないよ」

「それにしても、お前はこっちで責任ある地位について長い間一人で頑張ってきたんだな。よくやった」

「父さん・・・」

「おいおい、もう泣くな。小姓と乳母がソワソワしているぞ」

「あ、うん」


 私はそっと父上の、翔の頬をなでてやった。

 しばらく待ってやると、ようやく気持ちが落ち着いたようだ。


「ところで父さん、俺は前世で死んだんだね? 死んだ自覚がないんだ。気がついたら赤ん坊になっていたんだよ。さっき流行病って言ったっけ? 一体全体俺は何の病気で死んだんだい?」

「ああ、そうか。やはり死んだことに気づいていなかったのか。あれは不運だったな」


 私は体感上15年ほど前のことを思い出してゆっくり語った。


「お前は新型ウイルスに感染したんだ」

「新型ウイルス?」

「そうだ。中国で謎の病気が発生した。あっという間に世界に広まって、日本でも大勢の人が感染していたのだ。結果から言うと、ウイルスの新型だった。初期のウイルスは毒性が強かったが、変異を重ねて毒性が下がって3、4年後にはインフルエンザ並みの常在ウイルスになった。お前は運悪く最初期の毒性が強い株に感染してしまい、肺炎を起こして急激に死に至ったのだ」

「そうだったのか・・・ 未知の病気は報道で見たよ。日本に入っていたとは思わなかった。あれにかかっていたなんて・・・ 全然自覚がなかったな・・・ 病院に運ばれたことは覚えてる・・・ ところがさ、気がついたら赤ん坊だよ。ホント、うろたえたよな」

「たいへんな思いをしたな。かけてやる言葉が見つからない」


 私にも知りたいことがあった。


「翔、あの病気は老人や基礎疾患のある人が重症化した。お前のような若者が亡くなった例は少ないんだよ。免疫力の違いだな。あのとき免疫力が下がるようなことをしていたのか? 自衛隊の事務方に聞いても『急に体調不良を起こした』としか教えてくれなくてな。ずっと疑問だったんだ」

「体調不良になったとき? あのときは・・・ 久しぶりにレンジャー訓練を受けた翌日だったよ。目が覚めたらすごく疲れてて、歳のせいかな、って思ったけど、医務室に行ったら動けなくなって、病院に搬送された」

「レンジャー訓練というのはどんな訓練なんだ?」

「うん、40kgの背嚢を背負って89持って、道がない冬の山の中を3日間不眠不休で50km行軍して、状況開始っていういつもの奴だけど」

「・・・そ、それは免疫力が下がりそうだな」


「今となってはどうでもいいことだね。それで、姉さんたちは元気?」

「ああ、2033年までは元気だった。しっかり私を看取ってくれたよ」

「2033年か・・・ 464年後! なんか遠い未来だね・・・ 父さんは88歳か。天寿を全うできたんだね?」


「う!・・・ 老衰とはちょっと違うな。きっかけは事故だからな」

「事故? 何の?」

「交通事故だ。信号待ちをしているときに追突されたんだ。75歳のヨボヨボの老人がな、アシスト機能もない車で突っ込んで来やがった。で、腰の骨を折って入院したんだが、年寄りは寝ているとあっという間に衰えるな。循環器不全になって、あれよあれよという間に重篤になった。ああ、死ぬんだなって考える余裕はあったがな」


「車に乗っているのに腰の骨を折ったのかい? すごい衝撃だったろ?」

「いや、あのじじい、私を見落として停車位置を見誤ったんだ。スピードは出ていなかったな。ただ、私とバイクが見えていなかったんだな」

「バイク? 88歳でスクーターなんか乗ってたのか?」

「いや、そんなものには乗らんよ。普通に1000ccだ」

「1000・・・ そういえば昔カワサキ乗ってたね」

「ああ、ナナハンRな。独り身になったし、暇つぶしにツーリングにでも行こうかと思って復帰することにしたのだよ。せっかくだからウイルス騒動が落ち着いたタイミングで新車を買ったんだ。H2 SX SEといってな、有名な米海軍戦闘機の映画でも出てくる奴だ。H2初期型は300馬力で最高時速400kmだったんだがな、私も年寄りだと自覚しているからマイルドな200馬力のモデルにしたんだ」

「200馬力でマイルド・・・ なんか、父さんらしいね。マイペースで・・・」

「そうか、そうか。わかってもらえて嬉しいぞ。真理なんて事故った後もグチャグチャと口うるさくてな。事故は100%あのジジイのせいだというのに・・・」


 こうして親子は絆を深めたのだった。


コロナウイルスの被害に遭われた方、ご家族の方にお見舞い申し上げます。


89:89式5.56mm自動小銃。本体重量3.5kg


状況:訓練、演習のこと


映画トップガン・マーベリックに出てくるオートバイはKawasaki Ninja H2 CARBONです。998cc水冷4ストローク直列4気筒DOHCスーパーチャージャー搭載で、最高出力は231PSです。販売価格は約360万円。

本文で初期型と言っているものは、レース用のH2Rで、310PSでした。一瞬日本でも販売していました。約600万円。

主人公が乗っていたという設定のマイルドなSX SEは約240万円です。年金でそんなもの買うな! くそジジイ! という感じで設定をお楽しみください。


ちなみに映画トップガンに出てくるオートバイはKawasaki Ninja GPZ900Rです。輸出専用モデル。マーベリックにも冒頭で出ています。

本文でナナハンRと言っているのは国内向けのGPZ750Rのことです。

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