62. 資源 天正3年8月(1575年)
奥州遠征で成果が上がった。白川が降伏した。
関東の内側は平野と低い山だけだ。あっちの村が豊かだぞ、っていう噂はすぐに広まるし、噂を聞いて見に行くことも簡単だ。今の殿様が連合に入ってくれたら自分たちが豊かになるぞ、っていう考えはあっという間に広まる。
そうなると、兵の招集があっても逃散したり、真面目に戦わないとか、連合に内通する者が出てくる。だから関東統一の後半はスピーディーに行われた。
しかし、関東と奥羽の間にはまあまあ険しい山がある。人や商品の往来はあるから噂は伝わるが、その噂を確認しようと思うとちょっと簡単ではない。
だから領民達が連合に協力しようという積極姿勢は見せてくれない。
一方で、その程度の山など意に介さないと言うもの達もいる。山の民だ。大蔵長安と情報本部の働きによって奥州南部の山の民が完全に連合側についた。
現時点で山の民は領主からは安い賃金で危険な仕事を無理矢理やらされている。連合に代われば待遇も環境も改善されるのだからな。
『獣が捕れない』などと理由を付けて革製品や獣肉、野鳥の羽根の供給を止めた。さらに鉱山が枯れたと偽りの報告をしたり、崩落事故を意図的に起こすなどの妨害を行っている。
これは奥羽勢にとっては資金調達や武具の生産に影響する。夏の食料減少期に獣の肉が入らないことも士気に影響しているだろう。
そんなわけで、白川は早々に降伏したのだ。
処置はいつもと同じ。主だった者は3,4年寺送り、その他の者は連合のやり方を学んでもらう。
領民に対しては戸籍作成と検地をしなければならない。だが、まだ法整備が終わっていないことと、連合への理解が不足しているようだ。
そこで、先に石けんの製造方法や椎茸の栽培方法を教えたり、ヨードチンキとうがい薬を配布したりして人気をとっている。また、村ごとに代表団を作って関東の視察ツアーにも来てもらう。
今日は長安と領内で集められた鉱物資料のまとめだ。長安の元には各地からちょっと変わった石のサンプルが山ほど送られてきている。長安はそれをコツコツと鑑定して分類していたのだ。
ようやくある程度まとまったので、今後の資源開発プラン策定を行うことにしたわけだ。
金、銀、銅、鉛、鉄、ヨード、石灰。これは従来通りだな。掘りやすくて運びやすいところから、環境に配慮して順次採掘する。排水などの鉱毒対策は最優先で取り組んでもらっている。
石炭。鉄鋼と火力発電で有力な燃料だ。二酸化炭素は後回しにするとして、排煙に含まれる汚染物質、窒素酸化物、硫黄酸化物、PM2.5、ばいじん、水銀が出る。
令和で十分な対策が取れずに脱石炭が叫ばれていた。今、対策できるとは思えん。
そして、一度採用すると、ずるずると使用を続けてしまうだろう。令和になっても石炭利用を止められなかったからな。
「重油を使う方法もありますが、コークスを使わないことには質の高い鉄が作れません」
「コークスな・・・ 言葉は知ってるが、何だっけ?」
「石炭を蒸し焼きにして炭素の純度を上げたものです。燃焼温度が上がるのです。今の明式の高炉は石炭をそのまま使っていますが、コークスに切り替えた方が鉄の質が上がります。
それと、コークスを作るときにコールタールが出ます。トルエン、ベンゼン、硫化水素、硫酸アンモニウムなどの有益な副産物も作れます。毒性が強いものが多いですが」
そうなのか。鉄の供給を止めるわけにはいかないしな。
そういう意味では石油も同じだ。窒素酸化物とかいろいろ問題あるが、内燃機関は使いたい。
「限定的に使おう。しかし、歯止めが効くかなぁ・・・」
「商人達に払い下げなければ我々でコントロールできるでしょう。とにかく集塵機を作ることです。完全ではありませんが、集塵機を作るだけでも大気汚染を大幅に軽減できます」
「・・・そうだな。その線でいこう。問題意識を持ち続けることでいずれ改善されるだろう」
よし次、亜鉛。倭鉛と言われていたものはやっぱり亜鉛だった。電極とかに使えるな。
「鉄板に plating して Galvanized iron にできます」
「プレイティング?」
説明を聞くと、どうやらメッキのことらしい。メッキって英語じゃないんだ。
Galvanized iron は、波状に加工してバラックの屋根や壁に使うと言うからトタンのようだ。トタンも英語じゃないのね。
トタンがあればちょっとした小屋はすぐに作れる。便利だな。防衛方でも欲しがるかも知れない。
だが、電気メッキする電力はまだ作れない。取りあえず採掘して備蓄することに決定。
錫。昔から採掘されている。仏具などに使われている。
鉄板に錫メッキしたものがブリキだ。昭和の頃におなじみだったので知っている。缶詰が作れる。
これもメッキする電力がないので、量産して余ったものを備蓄する。
そして、錫と鉛の合金が半田だ。電気の配線ではんだ付けする、あの半田だ。これも近々需要が出るのでその分増産しておこう。
ただし鉛入り半田は健康に悪いので、令和では鉛フリー半田に置き換わっていた。害があると知っていて使うのは何だから、できれば最初から鉛フリーにしたい。鉛の代わりに何使ってたかなぁ・・・?
ダメならマスクとか手袋とかを必ず使うルールにするしかないかな。
ああ、はんだごてのヒーターも開発しなきゃな。
硫黄。黒色火薬の原料になる。小銃は煙の出ない白色火薬が有利だが、大砲は黒色火薬で十分らしい。量産決定。
長安によると肥料にもなるし、硫酸を作るときに使えるらしい。硫酸は化学での主要薬品だ。製法を確立して民間に量産してもらおう。
「記憶が曖昧ですが、硬質ゴムを作るときに硫黄を混ぜていたと思います」
「それは良い。ゴム生産は既に民間に払い下げているからな、ヒントを渡して工夫してもらおう!」
珪砂。ガラスの原料として織田家から購入していたが、なんと領内でも産することが判明した。
「珪砂の主成分はシリコンです」
「そうなの!? 早く言ってよ!!! 半導体が作れるじゃないか!」
LSIを作れるようになるには相当時間が必要だが、トランジスタとダイオードは割とすぐに作れるかも知れん。単純なラジオやアンプ、トランシーバーは作れるだろう。
ラノベでは真空管を作ることが定番だが、半導体が作れるならそっちが先だ。大体、真空管なんて大きいし、電力喰うし、壊れやすいし、デバイスとしては良いところがない。父上が火縄銃に興味を示さなかったように、私は真空管を作ることは考えていないのだ。プロだからな。
とは言え、液晶パネルができるのは相当先だから、真空管の一種の陰極線管(cathode-ray tube:CRT)--別名ブラウン管--の開発はしようと思っていたが。ま、ずっと先の話だ。
LEDができたら最高だが、照明は無理だな。青色LEDができたのは21世紀だ。それだけ難しいってことだろ。赤黄緑とかのインジケーターだけでも有益だ。
そういう訳で珪砂の量産と備蓄が決定。
「タングステン!? 有ったの? 日本に?」
「はい。甲斐でも見かけました。埋蔵量は分かりませんが」
「早く言ってよ!!!」
タングステンは電球のフィラメントに使える。ニクロム線よりずっと良い。望月からクロムを購入する前に電球が作れるじゃないか! 直ちに量産だ!!! 最優先だ!
「アンチモンは鉛蓄電池電極や鉛と合金にして電気のヒューズに仕えます。鉛合金の強度アップのために加えるのです。そのほか、ものを燃えにくくしたり、ガラスを透明にするなどの効果があります」
「おお! ヒューズができるか! それは良い。しかし、また鉛なのだな」
「はい。鉛は人体に影響がありますが、非常に応用範囲が広いです。注意して使いたいです」
よし。アンチモンも採掘してヒューズを製造しよう。
そのほか、領内で産出した鉱物と主な用途はこうだ。
一つ、マンガン:マンガン乾電池、アルカリ乾電池の正極材・ マンガン鋼の原料・ 触媒や酸化剤
一つ、絹雲母:化粧品のファンデーションやセラミックの素材、耐熱性のある潤滑材、微粉砕してプラスチックなどの強化材
一つ、硫化鉄:水素の脆化を抑制、ステンレス鋼切削鋼の製造、硫化水素ガス製造、顔料、潤滑油、排ガス処理
一つ、モリブデン:鋼の強度、耐摩耗性強化、タービン・パイプラインの耐腐食性強化
一つ、アルミニウム:言わずもがな。精錬に電気が・・・
一つ、ヒ素:猛毒。半導体添加物。昭和の頃はガリウムヒ素半導体ってのをよく聞いたが毒性が強いから平成で見なくなった
一つ、バナジン(バナジウム):鉄鋼、合金、触媒、顔料塗料、サーミスタ
一つ、カリウム:電解液、触媒、火薬
一つ、蛭石:土壌改良、消火剤
一つ、チタン:航空機、超硬い部品
一つ、蛍石:光学材料、フッ素の原料、融剤、セラミック材料
一つ、硼酸鉱:防虫剤、宝石(トルマリン、ダンブリ石)
一つ、明礬石(みょうばんせき、アルナイト):防腐剤、防臭剤
一つ、滑石(かっせき、タルク):紙のコート、ゴム製造、積層板、絶縁シート、塗料
一つ、蒼鉛(そうえん、ビスマス):鉛フリーはんだ
一つ、リシウム・セシウム:原子時計、放射線治療器
「クロムは見つからないが、こうして見ると、日本の鉱物資源は豊かだな」
「そうですね。どうせ使えないと思って調べていませんでしたが・・・火山国だから種類は多いですね。問題は量が十分にあるかどうかということと、みな山奥で採掘が難しいことですね」
「そうだな。前世では掘るより輸入した方が安いから買っていたな。だが、今は掘るしかないだろう。鉱山労働者には十分な報酬と安全の保障をしよう。よろしく頼むぞ」
「御意」
こうしてすぐ使えるものはすぐに掘る。何かに使えそうなものは一定量試験的に掘る。まだ使えそうにないものは場所だけ記録して管理することに決定した。
資料をまとめて指示書と一緒に通商産業方に送りつける。
昭和の軍艦島みたいに先進的な街があっちこっちにできそうだ。景気も良くなるな。
とは言え、量が少ないと後々問題だな。数十年で廃墟だらけになるのも困る。街そのものをキレイに移転する仕組みとか有ると良いな・・・
それと、高い温度を出せる電気炉と電気分解やメッキに使う高電力が必要だ。発変電、送配電技術を早く確立しなければ。
発変電工学も送配電工学も単位は取ったが、自習だし・・・ クソ! 左翼過激派が暴れなければ!
専門外のところを作者なりに調査して書いてみました。真に受けないでください。
もしよろしければ、鉱物資源の用途についてのアイディアがありましたら感想欄からお教え下さい。
メッキ:Wikipedia によると、和製漢語とされる滅金に由来するそうです。
鉱石の成分分析は難しいです。『よくできたね』って突っ込まないでください。
学生運動があったのはくうの体感70年以上前です。勉強していたとしても使っていない知識は・・・




